第三百四十九話 読めない本意


 二学年に上がって、メインヒロインのしほとクラスが違う――という物語の幕開けになったけれど。


 しかし、物語はまだまだ序盤。

 しかも初日なので、そんなにイベントが連発することはなさそうだ。


「皆さん、進級おめでとうございます! 担任の鈴木です。初めましての人も、またかよと思う人もいると思いますけど、よろしくお願いしますね~」


 新たなクラスで、新しい学園生活が始まる。

 担任の先生は、一学年の時と変わらず鈴木先生だった。


 今日もお馴染み、ゆるゆるのジャージ姿でニコニコと笑っている。

 社会人にしてはちょっと緩い人で、相変わらずおっとりしていた。


「先生の今年の目標は……いえ、今年の目標『も』、結婚することで~す。お正月に帰省した時なんて、両親からの圧がすごくて……『いつ孫を見せてくれるんだ?』とか言うんですよ~。今時、そういうのってハラスメントで良くないですよねー」


 新学期早々、愚痴から入る教員もなかなか良くない気はするけれど。

 先生のおかげなのか、新しいクラスということで緊張していたみんなも、多少はリラックスしたみたいだった。


「それでは、皆さんも軽く自己紹介しておきましょうか~? 早くお友達ができるといいですね」


 そういうわけで、自己紹介が始まった。

 一人一人、順番に名乗っていく。それらをぼんやりと眺めていると、やっぱり……誰もいないことを、改めて実感した。


(こんなにクラスがバラバラになることなんて、あるのか)


 物語的に考えると、新学年のクラスは大抵変わらないのがテンプレだというのに。

 この二年三組には俺と……それから、あと一人しかいなかった。


「……胡桃沢くるり。よろしくね」


 俺が自己紹介する少し前に、彼女が立ち上がって簡素な自己紹介を行った。

 ピンク色のツインテールが、相変わらず目立っている。


 周囲のクラスメイトもそれを珍しく思っているのか、みんなに注目されていた。


「…………」


 しかし彼女は反応しない。

 ただまっすぐ、黒板の方を見つめている。

 俺は席が後ろの方で、彼女の席は前の方なので、どんな顔をしているのかは分からなかったけど。

 たぶん、無表情なんだろう……と、なんとなく思った。


(まぁ、今更……関わることなんて、ないだろうけど)


 ――なんだか、彼女が出てくるのも随分と久しぶりな気がした。

 時間にしてみると、去年の末くらい……クリスマス付近に色々あったので、そんなに昔というわけじゃないのに。


(新しいクラスに、胡桃沢さんだけって……どういう意図があるんだ?)


 物語は、何がしたくてこんなクラス配置にしたのか。

 予想が全くできなくて、俺は少し混乱していた。


 とはいえ、今はどんなに考えても仕方ないのは分かっている。

 だから自分を落ち着けるためにも深呼吸して、なるべく何も考えないようにしていたら、自己紹介の順番が回ってきた。


「中山幸太郎です。よろしくお願いします」


 いつも通り、当たり障りのないような……記憶に残ることのない自己紹介を行う。

 俺としては、サラッと流れると思っていた、ワンシーン。


「…………?」


 だけど、やけにみんなが俺を見ていることに気付いて……なんだか、怖くなった。

 どうして俺に注目している?


(ラブコメの神様は、俺に何をしたんだ?)


 そして、他の人の自己紹介には一切興味を持っていなかった胡桃沢さんが、俺の時だけわざわざ振り返ってこちらを見ているから……余計に、混乱してしまいそうだった――

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