第三百四十八話 異音


『幸太郎くんらしくないわ』


 その言葉の意味が、よく分からなかった。


「俺って、どこかおかしいかな?」


「ええ。すごくおかしいわ……私の知っている幸太郎くんなら、クラスが違ったくらいでそんなに落ち込まないと思うもの。むしろ『学校が終わったらずっと一緒にいるから、同じだよ』ってあなたの方が言ってくれたはずよ?」


 怪訝そうな目で、しほが俺をジッと見ている。

 澄んだ瞳に映っていた中山幸太郎は、まだ暗い顔をしていた。


「――音が、違う」


 そういえば最近、しほが俺にそんなことを言う機会が増えた気がした。

 俺の音がおかしい――と、彼女は何かを察知している。


 俺の音とは、いったいどういうことなのか。

 そして『中山幸太郎らしさ』とは、何なのか……それが理解できていなくて、しほの言いたいことを分かってあげることもできなかった。


(あれ? 俺って、こんなに察しが悪かったか?)


 ふと、思った。

 しほは分かりやすい女の子で、彼女の言いたいことや感情は複雑だったことがほとんどない。良く言えば純粋、悪く言えば単純な女の子だというのに……どうしてだ?


 出会ってから一年が経過している。

 以前に比べたら、彼女について多くのことを知っている。


 それなのに……今のしほを、理解できなくなっているのだ。


 なんだこれは?

 俺はやっぱり、何かがおかしくなっているのか?


「……私は、幸太郎くんがいいのに」


 そんな俺を、しほは寂しそうに見ていた。

 小さく肩を落として、彼女まで落ち込んでいるように見える。


「ご、ごめんっ」


 思わず、謝ってしまう。

 そうすることで、しほの機嫌を取ろうとしている自分がいて……それに気付いて、すごく不甲斐ない気持ちを抱いた。


「謝ってほしいわけじゃない――なんて、言われなくても分かってるって顔ね」


「うん。なんか、えっと……自分が、変になっている気がして……」


 時間的にもう教室に向かわないといけない。

 だから、会話もそろそろ打ち切りだ。


 そのせいで、解決することなく……問題は先送りになったのだ。


「とりあえず、落ち着いてね? 今は色々と混乱しているけれど……これだけは、言っておくわ」


 自分だって落ち込んでいるくせに。

 彼女は、俺を慰めるように肩を優しく叩いて、こう言ってくれた。


「何があっても、私は幸太郎くんの味方だからね? どんなことがあっても、嫌いになんてならない………いえ、なれないから、それだけはきちんと分かってて」


 いつだって、しほは俺を見捨てないでくれる。

 かつて、自分をモブキャラと思い込んでいたあの時も、しほはそばにいてくれた。卑屈で、自己嫌悪ばかりしていた俺を、支えてくれた。


 今回も、しほは俺の味方でいてくれる。

 自分の変化がよく分からなくて、戸惑いも多いけれど……そんなしほの優しさだけが、救いだった。


「ありがとう」


 感謝の思いを伝えると、しほは小さく笑った。


「別に気にしないで? 私は、あなたにたくさん助けてもらっているもの……困ったときは、お互い様よ?」


 俺がしほを助けている?

 いや、そんなこと……滅多にないような気がするけれど。

 思い当たるとしたら、最初の頃の宿泊学習くらいだろうか?

 それ以外は、むしろ助けてもらってばかりだというのに。


 ……たぶん、俺に気を遣わせないためにそう言ってくれているのだ。

 だったら、否定せずにその優しさはちゃんと受け取っておこう。


 そうしないと、いけない。

 それが、俺のやるべきこと。


 こうすることが、俺の役目なのだから――

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