第三百四十七話 思考汚染

 二年一組14番霜月しほ。

 二年三組23番中山幸太郎。


 何度確認しても、俺と彼女はクラスが違っていた。


「ぐがー!」


 隣にいたしほもそれに気付いたのだろう。

 面白い叫び声を上げながら壁にもたれかかって、魂が抜けたような顔をしていた。


「終わったわ。神様はすごくおてんばなのね……きっと、八歳くらいの女の子みたいな見た目をしてるわ。今頃絶望する私と幸太郎くんを見て『フハハハ! 五円程度のお賽銭でお願いごとなんて聞くわけないのじゃ!』とか言いながらナマイキに笑っているのでしょうね……そう考えたら、かわいくて許してあげたくなるけれどっ」


 彼女もショックを受けてはいるようだけど、結構余裕があった。

 なんというか、コミカルな落ち込み方をしていたのである。


 もしかしたら、しほよりも俺の方が落ち込んでしまっているのかもしれない。


「んー! でも、あずにゃんは私と同じクラスなのね……それだったらまだマシかしら? 良かった、後で『私の面倒を見る係』に任命してあげないとね? きっとあずにゃんは『しほおねーちゃんと一緒で嬉しい♪ 大好きだよおねーちゃん!』って言ってくれるはずよ」


 そんなこと絶対に言わないと思う。

 ――いつもなら、そう言葉を返してあげられたけど。


 しかし、どうしても気分が明るくならなくて……コミカルなしほとは対称的に、俺はずっと押し黙ってしまっていた。


「……あれ? 幸太郎くん、どうしたの?」


 しほも俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう。

 こちらに視線を向けて、それから驚いたように目を大きくした。


「た、体調でも悪いの? 顔色がすごく悪いけれど……」


 それほど、俺の状態が悪く見えたようだ。


「そういうわけじゃ、ないんだけど……」


 慌てて表情を戻そうとしたが、なかなか感情の切り替えができない。

 俺の自覚以上に、クラスが違うということに対してショックを受けているのだろう。


「もしかして……クラスが違うことにびっくりしているのかしら」


 しほの言葉に、俺は小さく頷いた。

 すると彼女は、ポカンと口を開けて俺を凝視した。


「それは、私もイヤではあるけれどね? でも、どうせ私は教室で口数が多くないわけだし、クラスが同じでも違くてもそんなに変わらないというか……もちろん、同じクラスであった方が私も幸せではあるのよ? だから、決して落ち込んでいないわけではないということだけは先に言っておくわ」


 彼女にしては珍しく、丁寧にそんなことを言ってから……一転、今度はハッキリとこう言った。


「だけど、クラスが違うだけで、別に私とあなたが離れ離れになるわけじゃない」


 しほが大して落ち込んでいない理由は、それらしい。

 だから、彼女は俺の気持ちがよく分からないみたいだ。


「クラスが違うだけで、私と幸太郎くんの仲が悪くなるわけがない――私はそう信じているから、あなたほど落ち込んではいないわ」


 その言葉は……まったくもって、その通りである。

 正常な反応はしほの方で、俺の方は異常だ。過剰な態度に、しほはとても難しい顔をしていた。


「ううん、違うわ。幸太郎くんは、落ち込んでいるわけじゃなくて……何かを、怖がっているように聞こえるわ」


 耳を澄ませるように、首を傾けて。

 俺の音を聞いた彼女にそう言われて、ドキッとした。


 確かに俺は、恐怖を感じている。

 クラスが違うことで、ストーリーが転じて谷間を迎えたことに不安を覚えている。


 それが、しほには共感できないみたいだ。


「なんだか、今のあなたは……幸太郎くんらしくないわ」


 まるで、何者かが俺の思想を汚染しているかのように。

 俺らしくないと、彼女は言っていた――。

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