第三百四十六話 伏線……?


 校門を通り抜けると、新入生らしき初々しい生徒をたくさん見かけた。

 新品の制服を身にまとう彼らは、緊張の表情を浮かべて歩いていたり、あるいは楽しそうであったり、無表情であったり……と、表情は様々である。


「なんだか不思議な気分だわ。高校生になって、もう二年目なのね」


 そんな一年生を眺めながら、しほは感慨深そうに呟いた。


「……去年の今頃は、こうなるなんて夢にも思わなかったわ」


 その言葉は、たぶんしほよりも俺の方が強く思っていることだろう。

 あの中山幸太郎が、霜月しほと一緒に歩いているなんて……一年前の俺に言っても絶対に信じてくれないはずだ。


 何せ、近くにいる新入生のほとんどが、しほを見て目を丸くしていた。男女問わず、彼女の外見に見惚れている……贅沢なことにもうすっかり見慣れてしまったけれど、本来のしほはテレビや雑誌でしか見ることのできないような、雲の上の女性だ。


 そんな彼女と親しくできている今を、奇跡以外の言葉で表現なんてできない。


「まさか、私がこんなに素敵な男の子と一緒にいられるなんて……信じられないわ」


 一方、しほも俺と似たようなことを考えているようだった。

 中山幸太郎をそんなに評価しているのは君だけだ。


「……それは俺のセリフだよ。むしろ、しほみたいに魅力的な女の子と俺が一緒にいられることの方が、信じられないくらいの出来事なんだから」


「うふふっ。なんだかこのやり取りってバカップルみたいね」


 確かにその通りだ。

 聞いていて歯が浮くような会話に、二人で笑い合う。


 本当に……去年までの俺とは、比較できない程に幸せな状態だった。


 ずっとそのままでいてほしい。

 そう願ってしまうほどに満たされている。


 しかし、物語において……その状態はそう長く続かないわけで。


 ストーリーは平坦であるよりも、起伏のある方が『面白さ』というものが大きくなる。

 そして、その起伏というのは『主人公の感情の動き』とされるのが一般的だ。


 主人公が喜ぶことで、彼に感情移入する読者も喜ぶ。

 主人公が苦しむことで、彼に感情移入する読者も苦しむ。

 その共感を利用して、感情に起伏をつけるために、ストーリーに山と谷を形成するのだ。


 感情が動くこと。すなわちそれが面白さであり、故に感情の動かない平坦な物語は『単調』と評価されやすい。


 だから、いつまでも『幸せ』な状態が、物語の構成上ありえないのだ。


「えっと……クラス替えの発表は、あそこか」


 一年生の時に使用していた三階ではなく、二年生は二階の教室を使用する。

 二階の廊下。壁に設置された掲示板に、クラス分けの紙が掲示されていた。


「ど、ドキドキするわっ……神様、お願いだから、私と幸太郎くんを一緒にしてね?」


 しほの言葉に、俺も強く頷いた。

 なるべく長く、彼女と一緒にいたい。


 だから、クラスだって同じがいいに、決まっている。

 もし違うクラスになったら――という不安もないわけじゃないが、しかし心の奥底では、たぶん大丈夫だろうと思っていた。


(物語的に考えると、同じクラスの方がイベントも起こしやすいし……たぶん、大丈夫だよな?)


 大抵、進級してもメインに配置されたキャラクターはクラスが同じになる。

 だから、俺としほも……残念ながら物語の中心にいるので、恐らくはその通りになる可能性が高い。


 ――そう、思っていた。

 しかし俺は、まだ分かっていなかったのである。


「クラスが――違う?」


 クラス分けの用紙を確認する。

 しかし、俺としほはそれぞれ違うクラスの紙に名前が記されていた。


 それが意味することとは……即ち、平穏な日常パートが終わったということ。

 幸せな状態はもう終わりで、これからストーリーが谷を迎え、苦しむことになる……そういうことだった――。

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