第三百四十五話 大切なのは、本質が変わっていないこと

【中山幸太郎視点】


 春休みが終わった。

 物語にすると酷く退屈で、だけど俺たちにとっては穏やかで……とてものんびりした時間を過ごせたように思う。


 そんな休暇を経て、今日から俺たちは二年生だ。

 物語が区切られて、また再開するには持ってこいのタイミングである。


「おはよう、幸太郎くんっ」


 朝、バスから降りると銀髪の少女がこちらに向けて手をブンブンと振っていた。

 ただでさえ綺麗だから目立つのに、その上面白い動きをしているので、一緒に乗車していた生徒たちの視線も彼女に集まっている。


 俺と出会った直後のしほなら、こういう時は緊張して委縮してしまっていたかもしれない。

 だけど、時間が経って彼女も成長していた。


「おーい!」


 人見知りで、無口で、無表情な霜月しほは、もういない。

 他人の目を意識することなく、彼女は自然体である。


 表情も明るくて、見ているだけでこちらまで楽しくなってくるくらいだ。

 そのせいか、彼女を見た生徒たちもみんな少しだけ笑っていた


 人見知りがなくなって、孤高のイメージこそ消えたしほだけれど……しかし、場にいるだけで空気を塗り替えてしまうような華やかさは、未だに健在である。


 そういうところが、彼女の『メインヒロイン性』を強く実感させた。

 未だに、そんな彼女が俺の隣にいることが信じられなくなる時がある。


 しほと親しくしていることが当たり前の日常になりつつあるけど、しかしそれは普通のことじゃない。ちゃんと、毎日をありがたく噛みしめないといけないような、奇跡に等しい出来事なのだから。


 しっかりと、気を引き締めよう。

 しほに恥じない『中山幸太郎』であるために。


「おはよう、しほ」


 手を挙げて挨拶を返す。

 しかし彼女は、そんな俺をキョトンと見ていた。


「……あら? 幸太郎くん、体調でも悪いの?」


「え? そんなことないけど……なんかおかしいかな」


「おかしいというか……うーむ、難しいわ」


 いったい、彼女は何が言いたいのだろう?

 こちらも事情が分からなくて戸惑っていたら、しほが閃いたように手を叩いた。


「分かった! 分からないから、考えないことにするわ」


「……それって、何もわかってないような」


「分からないことが分かったってことよっ」


 たまに俺も、しほのことがよく分からなくなる。

 何かを匂わせるような発言があるけれど、その本意は結局考えても分からないものだから……俺も、答えを探すのはやめておこう。


「考えても仕方ないし、気にしないことにするわ……ほら、行きましょう? 今日はクラス替えの発表があるから、一緒に行きたくて幸太郎くんを待っていたの」


「ああ、そういうことか……夜更かしせずに起きれられて偉いよ」


「うふふっ。そうでしょう? 私、やればできる子だもの……昨日はちゃんと四時に寝たわ」


「四時か……それなら、やらなくてできない子だね」


「私はまだ本気を出していないだけよ。ほら、変なこと言ってないで、早く行きましょう?」


 そう言って、しほが俺の手を引っ張って歩き出す。

 まるで、散歩している犬に振り回される飼い主のような気分だった。


 まぁ、しほは気まぐれなので、犬というよりは猫かな?

 いや、寂しがり屋なので、うさぎかもしれない。


 ……違うな。しほはかわいいので、どんな動物でも例えようがなかった。

 しほは、相変わらず『しほ』である。


 出会った時と比べて、変わったところも多いけれど……彼女の本質はまったく変わっていなかった――

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