第三百四十二話 意志の在処


 一応言っておくけれど、しほは物覚えが悪いわけじゃない。

 最近は俺と一緒に勉強をやっているおかげか、最下層に沈んでいた成績が徐々に浮上していた。


 一学年最後のテストでは下の上くらいだったかな?

 3点とか取っていた時に比べたらとても良くなっている。


 だからゲームも下手くそというわけじゃない。

 実際、一人でやるゲームだったら難度が高くてもクリアしている。赤い帽子の配管工おじさんのゲームでも、初心者の俺には出来ないようなアクションでステージを駆け抜けていた。


 それではなぜ、対戦ゲームで俺が勝ててしまうのか。

 それは単純に、しほが熱くなりやすい性格だからだ。


「クソゲー! ら、ラグいからに決まってるわ……私のコントローラー、ちょっと反応が悪い気がするもん!」


 ほら、悔しすぎて言いがかりをつけている。

 彼女は対人ゲームが本当に弱い。人を騙すとか、相手がイヤがることをするとか、要するに駆け引きが苦手らしい。その上、すぐに冷静さをなくすので、ボタンの押しミスも多く……結局、対人ゲームでは初心者の俺でも勝ててしまうことがあるのだ。


「くそぉ……うぅ、私に敗北の二文字なんて似合わないのにっ。もう一回! 次こそ……絶対に勝って、幸太郎くんに土下座させるから!!」


「ど、土下座か……まぁ、負けたらやるよ」


 負けるとは思わないけど。


「これは勝負よ! 私も負けたら土下座するわっ。いや、土下座じゃなくてもいいから、幸太郎くんの言うことを何でも聞いてあげる。大丈夫、だって私が負けるわけないもの。コツはもうつかんでいるし、あとは実践するだけ……!」


 あと、彼女はちょっと自信家でもある。

 自分には才能が溢れていると思っているのか、何をやるにしても自信満々で、盛大に前振りをしては失敗して泣くというオチをつけてくれる。


 しほはそういう女の子だ。

 出会ってからもうそろそろ一年が経つのだから、彼女に関して色々なことが分かるようになってきた。


 意外と欠点も多かったりする。

 しかしそれでもかわいいと思えるのは……彼女が『特別』だからなんだろうなぁ。


 と、そんなことを考えながら、しほにもう一度勝った時だった。


「んぎがぁ」


 奇妙な断末魔の声を上げて、しほはソファに寝転がった。

 ふてくされたように寝そべって、足をバタバタさせている。


「クソゲー。こんなの二度とやらないわ……後でソフト消してやるっ」


「あはは……いや、消したら駄目だよ。また一緒にやりたいのに」


「――じゃあ消さないっ」


 素直なのは彼女のいいところだと思う。

 でも、ちょっと強引なところもあるわけで。


「ちなみに、それが幸太郎くんのお願い事ってことでいいのね?」


「……そうくるかー」


 イタズラっぽい笑顔を前に、なすすべはなかった。

 肩をすくめてコントローラーを置くと、しほが空いた手をいきなり握ってきた。


「ねぇ、次は私の言うことを聞いてくれるのよね?」


「そんな約束だっけ?」


「うふふっ。実はそうだったのよ?」


 そうだったのか。

 それなら、仕方ないので一つ頷いておいた。

 すると彼女は、不思議そうな俺を見た後に、こう呟いた。


「じゃあ、抱きしめて」


「――え!?」


 いきなりのお願いごとに、意表を突かれる。

 まさか急にこんなことを言われるとは思っていなかったので、動揺していた。


「…………これは『うん』って言ってくれないのね」


 そんな俺を見て、しほは更に不思議そうに首を傾げている。

 まるで、俺が何か変なことをしているかのように……彼女は少し、難しそうな顔をしていた――

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