第三百三十六話 奇跡とご都合主義は紙一重


「幸太郎さんに、わたくしは必要ありません。彼が求めている人間も、わたくしではありません。だから、わたくしは彼ではなく――あなたを好きになりました」


 出会いはありふれたものだった。

 高校の入学式に、教室で会って、軽く会話した。

 たったそれだけのことである。


 でも、それ以降から彼女はやけに俺に親しくしてくれた。


「龍馬さんは、なんというか……不完全なんです。完成されているように見えて、何かが欠落しています。その穴を、隙間を、わたくしが埋めてあげたい……と、ずっとそう思ってました。わたくしが手を差し伸べることで、龍馬さんは一人の人間として完成する――そんなことを、勝手ながらに思っていたのです」


 頼んでもいないのに彼女は俺に尽くしてくれた。

 常に気にかけてくれて、何かあるたびに駆けつけてくれて、そばにいようとしてくれた。

 しかし、必要であれば距離を置くこともあって……だけど、その期間が過ぎると彼女は絶対に戻ってきてくれるのだ。


 そんな結月が、俺にとってはあまりにも都合が良くて。

 てっきり、彼女も……俺の『女の子に好かれる』という性質に引っ掛かって、そうなっているかもしれないと、思っていた。


 梓やキラリもそうだった。

 キラリに関しては、それでもいいと納得して俺を許してくれたけど……梓は傷つけてしまって、申し訳なく思っている。


 結月も、梓のように傷つけたくない。

 そう思って、この場に来たのだが。


「少し前の龍馬さんは、わたくしのことなんて見てもいなくて……自分を押し殺して、自己犠牲に陶酔しているように感じました。そういうところを好きになったわけではありませんから、すごく不快な気持ちになってしまったのです」


「それは……ごめん」


 結月を幸せにしてやろうと思っていた。

 俺に惚れさせてしまったから、責任を取ってやる――とおこがましい気持ちを抱いていた。


 だけどそれは、結月が最も嫌悪するものでしかなく。


「反省してくださいね? そして、みくびらないでください。わたくしは、わたくしの意志で、龍馬さんを好きになったのです。その責任をあなたが取らないでください。その尻ぬぐいは、この結月がちゃんとやります。甘く見ないでください……わたくしは、庇護されるだけのか弱いヒロインではないのですから」


 いつも気弱で、臆病に見えた結月だが、しかし彼女は芯がしっかりしていた。

 何者にも変えられない『自分』を、ずっと持っていたのだ。


「入学式の日に、教室で出会って……一目惚れでした。それ以降、ずっと大好きです。横暴で、酷くて、わがままで、傲慢で、自分勝手なところも含めて、愛しています。この気持ちはちゃんと受け止めてください。いや、分かってください。勝手な思い込みで、わたくしを決めつけるのはやめてください」


 彼女の恋を、疑っていた。

 俺が好きにさせてしまった――と、そう勘違いしていた。

 でも、結月には……本当にこんなことが起こっていたようだ。


「龍馬さんとの出会いは、わたくしにとって『奇跡』でした。それ以上でも、それ以下でもありません。だから、その奇跡を信じさせてください」


 ご都合主義――ではなく。

 結月は、俺を好きになったことを『奇跡』と表現する。


 あるいはそれは、彼女が勝手に思い込んでいるだけかもしれない。

 真実はまた、別のどこかにあるような気もする。


 正解は正直なところ、分からないけど。


 結月が奇跡だと信じているのなら……俺がそれを否定するのはダメだということは、分かっていた――

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