第三百三十五話 中山幸太郎の異常性と相性の悪さ


 そういえば、彼女はそうだった。


「結月は、中山の幼なじみなんだよな」


 あいつに言われたことを思い出す。

 俺としほのように、中山と結月は幼いころからの顔見知りなのだ。


「はい。保育園の頃からずっと彼とは縁があります」


「じゃあ、なんで……中山を選ばなかったんだ」


 別に、妬みとか恨みとか、そういう感情はない。

 今更、中山に対する対抗心も、敵対心も、そういう強い感情を持てるような状況ではない。


 ただただ単純に、気になった。


「しほが選んだ中山を、結月が選ばなかった理由が分からない。俺なんかより、あいつの方が……人間として、魅力的だと思うが」


 自分のことしか考えられない俺と、他人のことを考えられる中山。

 どちらと一緒にいた方が幸せになれるか――客観的に考えると、間違いなくあいつの方がいいだろう。


 それなのに、どうして結月は未だに俺に好意的に接してくれているのか。


「……仰る通り、確かに幸太郎さんは人として素晴らしいかもしれません。大人しくて、素直で、優しくて……エゴも打算もなく、純粋な心で他人を思いやれるその性格は、唯一無二です」


 結月も俺が言いたいことは分かっているのだろう。

 だが、それを理解した上で、彼女は中山を選ばなかったようだ。


「だからこそ――彼にはわたくしを必要とする理由がないのです」


 生粋の世話焼きで、面倒見がよく、他者に肯定されることでしか自分を肯定できない結月にとって、中山はどうも……難しい相手みたいだ。


「龍馬さんと違って、他人のことを思いやれる人かもしれませんが……他人のこと『しか』思いやれないような人間でもあったんです。幼い頃は特にそうで、自分のわがままとか、意志とか、そういうのがなくて、何を考えているのかよく分からなかったことを覚えています」


 エゴしかない俺とは逆のベクトルで、エゴのない中山は異常だった。


「まるでロボットみたいで、不思議な人でした。喜怒哀楽の感情が薄くて、何をしてあげても反応がないような……言い方は悪いのですが、手のかからない、奉仕しがいのないような、淡々としている方だったんです」


「そうだったのか……学校では、そんなこともないように見えるが」


 しほのとなりでよく笑っているところを見かけるので、少なくともロボットみたいとは思わないな。


「変わったのは、最近になってからですよ。たぶん、霜月しほさんが関係しているのでしょうが……それでも、彼の根本は変わりません。エゴのない、他者の幸福を自分の幸せと考えられるような、そういう人なんです」


「……それでも、俺の方が結月はいいのか?」


「はい。だって、幸太郎さんは――わたくしと似てるんです。要するに……結局、同族嫌悪なんですよ。幼なじみで、育児放棄気味の家庭で育ったこともあるせいか、自己肯定感が低く、他者への尊敬が強い。そんな人間同士なので、相性が悪いんです。わたくしが求めている人間は、彼ではありませんでした」


 自己肯定感が低いからこそ。

 自分に似ている人間を、彼女たちは嫌う。


「『幼なじみ』なんて関係ありません。わたしたちは、そもそも……根本的に、相容れない人間だったのかもしれませんね」


 俺がずっと拘っていた『幼なじみ』という関係性は、実はよくよく考えてみると、大したことのないもので。


 同じ人間なのだから、出会った順番とか、一緒にいた長さとか、そういうことに関係なく……相性が悪ければそれまでなのだ、と結月は言っているのだろう。


 ……そのことに早く気づけたら、彼女たちを傷つけることもなかったのかもしれない。


 俺としほの相性の悪さにちゃんと気付いていればと、後悔しても遅かった。

 もう時間は戻らない。


 だから俺は、ちゃんと自分ができる最大限のことを、やろう――

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