第三百三十三話 明確な理由


 ――そういえば、俺を好きになってくれたであろう女の子たちはたくさんいたけれど。

 一つ、気になっていたことがある。


 それは……彼女たちがどうして俺を好きになったのか、分からないことだった。


 梓も、キラリも、それからメアリーや胡桃沢くるりも……なんとなく俺への好意を感じることがあったが、みんな理由が曖昧だったのである。


 別にそれが悪いと言っているわけじゃない。

 むしろ、好きになってくれたことは喜ぶべきことであって、そんな些細なことを理由にして思いを拒絶するのは、失礼なことだと分かっている。


 好きになったことに理由なんてない――という言葉だってあるくらいだ。

 しかし、こうも連続して理由もなく好きになられると、どうしても気になってしまうわけで。


 もしかしたら俺は、生まれつき女子に好かれる才能があったのかもしれない――なんてことも、考えていた。

 バカバカしい話だけど、客観的に見ると俺にはそういう性質がある。


 だから、好きと言われても……そういうものだと、受け入れてきた。

 結月だって、大した理由はないのだろうと、決めつけていた。


 でも、それはどうやら違ったみたいだ。


「龍馬さんは、いつも自信満々で……しかしどこか抜けているところがあって、放っておけない人だったんです。だから、お節介とは分かりつつも、あなたのために色々なお手伝いがしたいな――と、そう思ってずっとおそばにいました」


 リビングにて。

 彼女は立ったまま、ゆっくりと座っていた。


「あ、どうぞお座りください……お飲み物は何がいいですか? ココアとか、紅茶とか、ミルクとか、コーヒーとか、色々ありますよ」


「……いや、気を遣わなくていいよ。むしろ、俺が立っているから結月が座ってくれ」


「――そんなことを言われて、わたくしが座ると思っているのですか?」


 彼女はずっと、変わらない。

 昔から、今まで……結月はお節介の世話焼きで、面倒見がいい女の子なのだ。


「俺に合わせなくてもいいんだぞ?」


「合わせているわけじゃないです。わたくしに気を遣っているのであれば、むしろ言う通りにしてほしいです。それが、わたくしの性分ですから」


 そこまで言われては、どうしようもなかった。

 大人しく椅子に座ると、結月は暖かい飲み物を用意してテーブルに置いてくれた。


「紅茶です。たしか、お好きでしたよね?」


「ああ、うん……よく分かったな」


 彼女が挙げてくれた選択肢の中であれば、紅茶が一番いいと思っていた。

 言葉にせずとも分かってくれていることに驚いた。


「ずっと見てましたから、当然です」


 俺が褒めると、結月は嬉しそうに笑う。

 そういうところが、俺の都合に良いように見えて……胸が痛くなった。


「俺なんかに、媚びなくてもいいんだぞ?」


 こんな俺に、好かれたいと思っている行為そのものが、間違っているような気がしている。

 でもそれは、勘違いだった。

 彼女の行為は、てっきり……俺に対するアピールめいた意味合いがあるのかと、そう思っていたが。


「媚びてなんかいません。わたくしがやりたく、勝手にやっていることなんです……いえ、本音を言いますと、嬉しそうにしている龍馬さんが見たいだけです――っていうのも、違いますね」


 そして彼女は、こんなことを言う。


「わたくしが、龍馬さんの役に立っている――と、そう認識したいだけなんです」


 俺に好意を持っている、明確な理由を。


「わたくしは、放っておけないような……少し抜けている人が、タイプなので」


 俺を好きになった意味を、ちゃんと語ってくれたのだ――。



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