第三百三十一話 元ハーレム主人公の決意


【竜崎龍馬視点】


 やっぱり、もう遅かった。


「――バイバイ。龍馬おにーちゃんっ」


 笑顔でそう言った梓は、振り返ることなく帰って行った。

 その後ろ姿を見えなくなるまで見送った後……俺はその場で崩れ落ちてしまった。


「……罪を償う機会すら、もう与えられないんだな」


 かつて、俺は失敗を犯した。

 梓に告白されて、それに対してまともに答えることもしなかった。


 梓が俺のことを『おにーちゃん』と呼んで慕ってくれたから。

 俺も、梓のことを妹と思って、かわいがっていた。


 それだけでいいと思っていた。

 だって、彼女がそれを望んでいたのだから……それ以上の感情は不要だと、梓の気持ちを考えることなく、自分で勝手に決めつけていた。


 妹だから、そばにいるのは当たり前。

 妹だから、兄の俺を慕ってくれるのも、当たり前。

 そんな傲慢なことを考えていたから……彼女を傷つけてしまったのだろう。


 そして、傷つけたことをしっかりと謝ることもできないまま、梓の方が俺から距離を取った。


 そうして梓は、新しい道を見つけて、歩み出したのである。


「俺は本当に、酷いことをしたんだな」


 改めて、実感した。

 俺を怖がるようにビクビクしていた梓を見ていると、胸が痛かった。


 俺さえちゃんとしていたら、きっと違う道もあったのに。

 たとえば、梓と恋人同士になることだって――可能性としては、十分にあり得たのだ。


 その可能性を潰したのは、俺だ。

 俺が、梓の思いを踏みにじったのだ。


 この失敗を償うことはもうできない。

 俺が梓に対してできることは、もう何もないのだから。


 せめて……同じ思いをさせないように、心に刻もう。


「――謝れるうちに、謝っておかないと」


 まだ、俺が傷つけた少女は存在する。

 キラリはそれを許してくれた。俺にまだ期待してくれていた。


 それをありがたく思う。

 だけど、あと一人……まだ、謝れる可能性がある女の子がいた。


「結月にも、ちゃんと……言わないとっ」


 ずっと俺の隣にいてくれたあの子にも、しっかりと頭を下げたい。

 謝ったところで許されるとは思っていないけれど。


 それでも、結月が新しい道を踏み出せるように……梓みたいに、俺への思いがまだあるとしたら、それを断ち切ってあげたい。


 それが、俺にできる唯一のことだから。


「――行くか」


 そのまま、彼女の家へと向かって歩き出す。

 大して防寒していなかったが、寒さなんて今はどうでも良かった。


 足元もスリッパのままだが、まぁいいだろう。

 できるだけ早く、結月も解放してあげたいから。


(でも、なんて言えばいいんだろう?)


 歩きながら、結月にかける言葉を探す。

 しかしなかなか思いつくことはできず……気付けばもう、彼女の家に到着していた。


 バスなら十数分くらいで到着するくらいの距離なのだが、歩いたので一時間以上かかった。

 もうすっかり夜だ。手早く済ませた方がいいか、と思ってインターホンを躊躇なく押した。


 さっさと、終わらせたい。

 そうじゃないと、自分がやってきたことの後悔で、潰れそうだった――

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