第三百三十話 未来へ


 ――週末。

 時系列的に考えると、バレンタインのことを語るのが先だと思うけど、まずは梓のその後から語らせてもらおう。


 俺と梓は少し遠出していた。


 場所は、梓が幼少期に住んでいた地域である。

 電車で約二時間。人里外れた、自然の溢れる場所に彼女の実兄のお墓はあった。


「…………」


 線香をあげて手を合わせる梓は、しばらくお墓の前から動かなかった。

 まるで、今まで起きたことを全部話しているかのように……無言でギュッと目を閉じて、長々と黙祷している。


 そんな彼女の隣で、俺も黙祷を捧げた。


(お久しぶりです)


 ここに来るのは二度目だ。

 両親が再婚した際に、一度だけ母と父と一緒に来たことがある。

 小学校中学年くらいだっただろうか? 梓が学校に行っている間に、俺だけこの場所に来て、同じように手を合わせた記憶があった。


(色々あったけど、梓は元気になりました)


 兄として、しっかりできているかは分からない。

 もっと最善の手を尽くせば、梓が傷つかずに済んだ未来もあるのかもしれない。

 だけど、そのことを謝られても、きっと彼は困るはずだから。


(俺もがんばります。最善を尽くします。あなたも……どうか『おにーちゃん』として空から梓のことを見守ってあげてください)


 思いをしっかりと伝えてから、ゆっくりと目を開けた。


「……ぐすっ」


 ふと梓の方を見ると、彼女は静かに泣いていた。

 それでも固く目を閉じているのは、きっと伝えたいことがまだまだあるからだろう。


 そんな彼女の背中を優しくさすりながら、ふと空を見上げた。

 最近、天気が崩れることも多かったけど……今日は快晴である。


 気持ちが良いくらいの陽気なお日様は、まるで梓の門出を祝福しているかのようにも見えた。


「――よしっ! 終わったよ、幸太郎おにーちゃん」


 時間にして、だいたい十分くらいだろうか。

 ずっと目を閉じていた梓だけれど、もう大丈夫と言わんばかりに、元気のいい声を発した。


「言いたいことは全部伝えたか?」


「うん。今まで来れなかったことを謝ったし、ありがとうって感謝も伝えたし、梓が体験したことも全部伝えたよっ」


「そっか」


 それなら良かった。

 梓も気持ちがスッキリしたのか、やけに清々しい表情を浮かべている。


「幸太郎おにーちゃん、ありがとう。梓、来てよかった」


「また来年も来ような。一年に一回くらいは顔を見せてあげた方が、彼も喜ぶと思うから」


「そうだね……でも、次は梓一人でいいよ。今日だって、霜月さんが駄々をこねて大変だったでしょ?」


「いや、ちょっと『寂しい』って匂わせていただけだろ? さすがにお墓参りに文句を言うほど、しほは心が狭くないよ」


「はい出たー。霜月さんにだけいつもおにーちゃんは甘いんだからっ」


「……甘いか? 普通だと思うけど」


「普通じゃないよっ。まったく……本当に、霜月さんのことが大切なんだね」


「梓のことも大切に思ってるよ」


「何その言い方っ。ついでみたいでなんかイヤだなぁ……ううん、ウソ。大切に思ってくれて、嬉しいよっ。ありがとう、おにーちゃん」


 そう言って、梓が人懐っこく笑う。


「梓もいつか、おにーちゃんみたいに……梓をちゃんと大切にしてくれる人を、好きになりたいなぁ」


 そして、なんだか嬉しいことを言ってから、梓は歩き出した。

 機嫌がいいのか、その足取りはとても軽い。


 迷いなく、振り返ることなく……まっすぐに。

 未来へと、彼女は進むのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る