第三百二十八話 無償の愛は意識することなく
【中山幸太郎視点】
梓が帰ってきたのは、洗い物をしている最中のことだった。
「ただいま」
「おかえり」
お皿をスポンジでこすりながら、振り向くことなく作業を進める。
別に冷たくしているわけじゃない。俺も梓も、わざわざ出迎えたりするほどお互いを待ち望んでいるわけじゃない。
普通の兄妹の距離感なんて、こんなものだ。
梓なんてソファでスマホを弄っている時は「おかえり」すら言ってくれないことも日常茶飯事である。
「洗濯する洋服があったら先に出してくれるか? 食器を洗い終わったら、全部まとめて洗うから」
――なんて、いつも通りに声をかけたのだが。
「…………」
梓からの返事がなかった。
いつもなら「うん分かったー」などと生返事くらいはしてくれるのに、無視されるのはなかなか珍しい。
気になって振り返ってみる。
すると、思ったよりも近くに彼女がいた。
俺の背後にピタリとくっついて、無言で流し台を覗き込んでいる。
珍しい物なんて何もないと思うけど。
「あ、梓? 何か気になることでもあるのか?」
「……おにーちゃんって、家事が好きなの?」
俺の質問には答えずに、逆に質問されてしまった。
「いや、別に? 俺がやらないと誰もやらないからやってるだけだぞ。梓がやりたいなら、喜んで譲るけど」
「……ううん、梓はめんどくさいからイヤだよ?」
「そうか。じゃあ、好きじゃないけど俺がやるしかないな」
家事をやることに対して不満を抱いたことはない。
幼いころから割と自分のことは自分でやってきたし、ついでに梓の分もやっているだけなので、大変とも思っていなかった。
しかし、どうしてそんなことを聞いたんだろう
梓の様子が、ちょっとおかしかった。
「しほの家で何かあったのか? 元気ないけど……もしかして、しほにうんざりしてるのか? 確かにちょっとだけめんどくさいところもあるけど、根はいい子だから許してやってくれ。梓のことも可愛くて仕方ないみたいだし、優しく寛大な心で甘やかされてくれないか?」
てっきり、しほのウザがらみに我慢の限界が超えたのかと、そんなことを思ったのだが。
「別に、霜月さんには何もされてない……あの人と話していて、イヤな気持ちなったこともないよ。悪い人じゃないのは分かってるもん」
どうやら、しほが原因でもないようだった。
だったら何が理由で、元気がないのだろうか?
問いただした方がいいのか……いや、でも梓はあまり打ち明けたいとは思っていないような気がする。
なんとなく、そう感じた。
深く聞いてほしくはなさそうで、だけど今は一人になりたくないと、そういう雰囲気を醸し出している。
だから、俺にできることは……一緒にいてあげることくらいだな。
「じゃあ、食器を拭いてくれるか? たまには家事を手伝うのもいいだろ?」
「……うん、分かった」
いつもの梓なら家事なんてめんどくさがってすぐに部屋に逃げていただろう。
しかし、俺の予想が当たっていたのか、今日はやけに素直だった。
俺から食器を受け取って、大人しく乾いた布で拭いている。
無言で作業すること数分くらいだろうか。梓のおかげで大分早く終わった。
「ありがとう。手伝ってくれたお礼に、冷蔵庫にある俺のおやつでも食べてくれ。昼間、食べきれなくて残ったんだ」
しほが来てくれたので、ケーキを用意していた。
しかし、しほが食わず嫌いして残した昼食を食べたおかげで、お腹がいっぱいだったので、おやつの時間帯に食べきれなかったのである。
夜にでも食べようかと思っていたけど、せっかくだし梓にあげることにしたのだが……やっぱり今日の彼女は、ちょっと変だった。
「…………」
無言で俺を見て、梓はぼんやりとしている。
俺、何か変なことでもしているのだろうか?
いつも通りだと思うんだけど――
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