第三百二十四話 『妹』ではなく『中山梓』として
――きっと、いなくなった『おにーちゃん』が大きくなっていたら、こうなっていたんだろうなぁ。
龍馬の顔を見るたびに、梓は昔を思い出す。
小学校低学年の時、実兄の背中ばかり追いかけていた。引っ込み思案で、臆病で、だけど寂しがり屋な彼女にとって、手を引っ張ってくれる実兄の存在はあまりにも大きかった。
だから、事故でいなくなった時……彼女はその死を受け入れることができなかった。年齢が幼かったせいで死が何なのかよく理解できていなかった、というのもあるが――何より、彼女は兄がいなくなって『孤独』になることが耐え切れなかったのである。
『あずさがいい子にしてたら、おにーちゃんはかえってくるよねっ』
彼女は父にそう言った。そして彼女の父はそれを否定できなくて、結局そのウソを信じることで、自分は孤独ではないと思い込んだ。
以来、彼女の時間は止まった。
当時からずっと髪形をツインテールのままで、性格も大好きなおにーちゃんの『妹』のままで、心と見た目に連動するかのように、体も大きくならなかった。
高校生になっても小学生と見紛うような容姿で、同級生だろうと年下のように振る舞うクセがついていた。
そして、実兄とそっくりの龍馬を見つけて――とうとう梓の心は耐え切れなくなった。自分はやっぱり孤独じゃなかった、と……彼の隣にいることで、その寂しさを埋めようとした。
だけど、当然だが龍馬は実兄ではない。
だから、彼女が彼を愛していても、龍馬は梓を愛してくれなかった。
そんな彼女を支えてくれたのが、幸太郎だった。
最初は寄りかかる様に。しかし最近は、自分の足でちゃんと歩き出した梓は……髪の毛をバッサリと切って、座敷童みたいなおかっぱ頭となる。
そして梓の時間は動き出した。
幼いままであり続けた彼女は、少しずつ成長している。
だけど、あれから半年以上の時間が経ったこともあって……髪形はすっかり変わっていた。
「……なんか、梓って大人っぽくなったな」
しほの家からの帰り道。彼女の母親は『車で送っていく?』と言ってくれたが、なんとなく歩きたい気分だったので、断った。そのおかげか、あるいはそのせいか……どう表現するべきかはまだ分からないが、とにかく彼女は龍馬と遭遇したのである。
彼は待ち構えるように、自分の家の前で待っていた。
「身長も少し伸びたんじゃないか?」
梓を見て、龍馬は嬉しそうに目を細めている。
一方、梓はどんな表情をしていいか分からなくて、困惑していた。
「そ、そういえば、龍馬……くん、の家も、ここだったね」
すっかり忘れていた。
いや、正確に言うなら、考えないようにしていた。
しほが龍馬の幼馴染ということは知っている。その家が隣同士であることも情報としては把握していた。
だというのに、話しかけられるまでその事実を忘れていたのは、きっと無意識化の自己防衛本能だろう。
今、龍馬と対峙したら、守ってくれる人がいない。
幸太郎が、ここにはいない。
だから、逃げだしたい――と思っている自分に気付いて、梓は不意に怒りがわいてきた。
(まだ、頼るの?)
無意識化に甘えようとする自分を、叱責する。
(また、守ってもらうの?)
それを当たり前に思っている自分の傲慢さに、腹が立っていた。
(もう、いいかげんにしてよ)
自分の弱さが、許せない。何かあるたびにおにーちゃんに頼ろうとするのが、イヤだった。
いつまでも実兄の死を引きずっている自分が、情けなかった。
こんなのきっと、彼女の『おにーちゃん』は喜んでくれないはずだから。
(そろそろ『梓』がなんとかしないとダメだよ)
自分に言い聞かせる。
妹としてではなく、中山梓として。
過去を、それから現在を、清算しなければならない。
自分の未来を守るために、彼女はギュッと拳を握りしめた。
「――久しぶりだね」
そして梓は迷いを消した。
覚悟を決めた彼女の顔を見て、龍馬は驚いたように目を大きくする。
「……うん、そうだな」
それから、今度は穏やかに笑うのだった――
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