第三百二十三話 やっぱりしっくりこない


 そんなこんなでチョコレートは無事に完成した。


「できたー! 私って本当に天才だわ……ママ、ほらできてるでしょっ? すごいでしょっ?」


「あらあら、上手ね。やっぱりしぃちゃんは『やればできる子』だわ。これくらいなら、きっと幸太郎も喜ぶんじゃないかしら?」


「えへへ~」


 作ったチョコレートを披露するしほと、それを見てパチパチと拍手する母親。

 そんな二人を見て梓は微笑ましい気分になると思いきや……実はちょっと引いていた。


(そ、そんなに上手じゃないけどなぁ)


 しほの作ったチョコレートは、残念ながら形が整っているとは言いにくい。星とか四角とか丸とか、型抜きを使って頑張っているところは見ていたのだが、不器用なのか欠けていたり割れているものが多いのだ。


 ――これがおにーちゃんの胃袋に入るの?


 そう考えた梓は、一応念のため味見をしていた。酷い味ならさすがに指摘しようと思っていたが、味そのものはチョコレートだったので、少なくとも食べても健康に被害はないことは分かっている。


 だから、まぁ……何も言わないでおこうと、梓は決めた。


(霜月さんは、甘やかされ……いや、愛されて育ったんだなぁ)


 ともすれば甘すぎるほどの愛情が、逆に彼女をダメ人間にしているのだと梓は理解した。


(厳しくできる人間が一人はいないと……これ以上ダメになったらおにーちゃんがたいへんそう)


 なんてことを思っていたら、しほがこちらを振り向いた。


「おっと。ママ、妹が見ているからこれ以上褒めて私をニヤニヤさせるのはダメよ。おねーちゃんとしての威厳がなくなっちゃうわ」


「何言ってるの? そんなもの最初からないよ?」


「よしよし、あずにゃんはいい子よ。だからツンツンしてても愛してあげるわ」


「愛情がちょっと息苦しいから遠慮してもいい?」


「……ま、ママ! 妹が冷たいのだけれど、どうすればいい!?」


「ママの胸で泣くといいわ」


「うわーん!」


 母親に泣きつくしほを見て、梓は思わず笑ってしまった。


(仲良しなのはいいことだね)


 ふと、自分に無関心な義母のことを思い出してしまう。

 戸籍上は親子だが、梓はあまり義母と話したことがない。というか、義母には避けられている気がしていた。


 元々、子供が好きではないと父親からは聞いていた。仕事人間で、厳格な人間だということも知っている。そんなところに父親は惹かれて、再婚したようだ。


 しかし、義母とは短い時間しか一緒に生活することもなく、気付いた時には二人とも仕事で国外に行っていた。

 育児放棄にも見える行動だが……とはいえ、梓は寂しさを感じていた記憶がほとんどない。


 なぜなら、隣にはずっと幸太郎がいたから。

 彼が家族として接してくれていたから、梓は元気いっぱいでいられた。


 だからそろそろ……心配かけるのはやめたいと、彼女は思っている。


「……じゃあ、もう帰るね。霜月さん、今日はありがとう。おかげでチョコを作るきっかけになったよ」


「いえい、気にしないで。感謝の気持ちは態度で示してくれればいいわ」


「態度ってどういうこと?」


「つまり、おねーちゃんって呼べばいいのよ」


「……しほおねーちゃん、ありがとう。これでいい?」


「っ!?!?!?!? も、もう一回言って! もう一回『しほおねーちゃん大好き』って言って!!」


「大好きなんて言ってないよ!? はぁ……もう、いつも霜月さんはそうなんだからっ。じゃあ梓は帰るからね! バイバイ」


 出来心で『おねーちゃん』と口にしてみたはいいのだが、やっぱりしっくりこなかった。

 もう二度と彼女をそう呼ぶことはないだろうな――と思いながら、しほの家を出る。扉を閉めるまで手を振り続けるしほに見送られて、道路に出ると……隣の家の玄関に、彼が立っていた。


「――梓、ちょっといいか?」


 久しぶりに、その声で呼びかけられる。

 ハッとして顔を上げると、そこいたのは『龍馬おにーちゃん』だった――

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