第三百二十二話 おねーちゃんとは呼べない妹のジレンマ
色々と迷っていた。頭に霞がかかったみたいに思考がまとまらなくて、ここのところずっとどうしていいか分からずにいた。
だけど、自分の感情を理解すると同時に、一気に霧が晴れた。
「……うにゃー!」
鬱屈とした気分を吹き飛ばすために衝動のまま声を上げて、材料のチョコレートを荒々しく取る。
そんな梓の急な行動に、しほはびっくりしていた。
「な、なに? 急にかわいい声なんかあげてどうしたの? もしかして、料理に夢中なおねーちゃんにかまってほしくてそんな声を出したのね!?」
「違う! そんなことは絶対にありえないもんっ」
力強くそう言い切って、しほの隣に並ぶ。
中山家よりも広い霜月家のキッチンは、二人で作業しても問題なさそうだった。
「結構広いね」
「ママが料理好きだから、家を建てるときにお願いしたみたいだわ。わたしも家を建てることができるのなら、ちゃんとゲーム部屋をお願いしたいなぁ」
「ふーん。じゃあ梓はお菓子部屋がいいなー。何もしなくてもお菓子がいっぱいある部屋がいい」
「それならお菓子で部屋を作ればいいんじゃないかしら?」
「何を言ってるの? そんなことしたら部屋がアリだらけになるよ」
「……じゃあ、絵本のお菓子のおうちってとても大変ってことね」
「そうだねー。あ、そういえばおにーちゃんは甘すぎるのは苦手らしいよ? ちゃんと気を付けた方がいいと思う」
「ええ、それは大丈夫よ。ちゃんと実験したもの」
「あーあ。おにーちゃんは実験されちゃったのかー……ご愁傷様だねー」
「でも、私が甘党なのよね……だから彼も甘党になるように鍛えないと」
「そっかー。ほどほどにしてあげてるんだよ? おにーちゃんがかわいそうだから」
とりとめのない話をしながら梓もチョコレートを溶かすことにする。
そんな彼女を見て、しほは手を止めていた。
「良かった……あずにゃん、もう大丈夫そうね」
「え?」
急な発言に、今度は梓が手を止める。
まさか、あの自分勝手でわがままで横暴なしほに心配されているとは夢にも思わなかったのだ。
「なんか、音がずっと震えていたから……少しでも元気になってくれればいいな――って、思ってたの」
だからチョコ作りの参加も強制したらしい。
それを知って、梓はバツが悪そうにほっぺたをかいた。
「音って……なんかよく分かんないけど、でも大丈夫だよ」
「そう? それならいいわ」
なんだかんだ、しほも梓のことを大切に思ってくれている。
きっと、梓が傷ついたら、しほだって悲しませることになるだろう。
それもイヤだな――と思っている自分がいることに気付いて、梓は目を見開いた。
(ち、違う……別に梓は、霜月さんをおねーちゃんなんて認めてないからっ!)
自分にそう言い聞かせて、油断するとしほに感謝しそうになるいい子な自分を押さえつける。
意地を張っているとは分かっている。でも、しほを認めてしまったら……なんだか、おにーちゃんが取られてしまうみたいで、なかなかそれはできずにいた。
根は臆病で、意志の弱い梓がしほにだけあたりが強いのは、実はそんな理由があったりする。
そして、しほなら自分を嫌いになることはないと分かっているから、甘えているという側面もあるだろう。
まとめると――結局、梓はしほを受け入れている、ということになるのかもしれない。
はたして梓は将来、しほが正式におねーちゃんになるその日には、ちゃんと『おねーちゃん』と呼べるだろうか。
その答えは、少なくとも数年以内には分かるだろう――
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