第三百十九話 意外と梓も懐いているようで


 ――結局、断れなかった。


(なんでこうなっちゃったんだろう……)


 霜月しほの家に入って、梓は少し呆然としてしまった。

 自分たちの家とほとんど同じ大きさの一軒家で、さほど物珍しい家ではない。


 しかし、まさか天敵に近い相手であるしほの家に来てしまった自分に、梓は困惑していたのだ。


「あずにゃん、何をぼんやりしてるの? あ、もしかして……おねーちゃんのお家に来て喜んでいるのかしら?」


「それだけは絶対に違うもん!」


 どうしてこの人は全てを前向きにとらえるのだろう。

 というか、彼女は梓に愛されていることを信じて疑っていない。

 梓がイヤがるのは照れているだけと本気で思っているからたちが悪かった。


「はいはい、そういうことにしてあげるわ」


「違うのに……本気で梓は喜んでないのにっ!」


「でも、なんだかんだでついてきたじゃない。本当にイヤだったら私は気付くもの……うふふ、本当にツンデレちゃんでかわいいわ。さすが私の妹ね」


「ツンデレって言わないで! 妹でもないんだからね!」


 玄関だというのに梓が荒ぶっていると、リビングの方からひょっこりと誰かが出てきた。


「あら? 可愛らしいお客様ね。しぃちゃん、お友達?」


「――え? だ、だれ?」


 びっくりするほどに綺麗な銀髪の女性が出てきたので、最初梓は本当に人間かどうか疑ったくらいである。

 驚きのあまり、思わずしほの後ろに隠れてしまったくらいだ。


「ママ、いきなり出てきたらびっくりさせちゃうからダメよ? この子はあずにゃん。私の妹なの」


「ふーん、この子があずにゃんちゃんだったのね? いつもしぃちゃんから話は聞いてます」


 ぺこりと頭を下げる美女。

 動いているので人形とか彫刻の類ではないことが分かるのだが、人間味を感じられないくらいに綺麗なので、梓はまだしほの背後から出れないでいた。


「ふ、ふにゃぁ」


 一応、挨拶をしようと試みたのだが……かわりに出てきたのはちょっと言語化の難しい鳴き声だったので、すぐに口を閉じておいた。


 そんな梓を見て、しほの母親らしき美女が頬を緩める。

 ただ笑いかけられただけなのに、体がすくんだ。あまりに異次元すぎる美人だったので梓は委縮していたのだ。


「……あまり緊張しなくていいからね? よしよし」


「あ! ママ、私の妹を奪おうとしないでっ!!」


 頭を撫でる美女。それを振り払って威嚇する小動物のように唸るしほ。

 そんな二人を見て、梓は彼女たちの仲の良さを感じた。


(家族って、いいなぁ)


 そんなことを考えていたら、ようやく緊張が少し緩んだ。


「お、おじゃましますっ」


 慌ててぺこりと頭を下げたら、しほの母親は目を細めて頷いた。


「ゆっくりしていってね?」


 それだけを言って、彼女はリビングの方へと消えていく。歩いているだけでも綺麗だなぁ――と思っていたら、自分がしほの腕にしがみついていることに気付いた。


「っ!? ち、ちがう……これは、その!」


 慌てて言い訳をしようとする。

 だけどもう遅かった。


「え? ああ、あずにゃんったらとっさに私にしがみついたのが恥ずかしいのね? 意地を張らななくてもいいの。大丈夫、何があってもおねーちゃんが守ってあげるから!」


「そ、そそそそういうことじゃないもん!」


 ……まぁ、梓本人は絶対に認めないだろうが。

 意外と二人は相性がいい。スマホのゲームが好きという共通点もあってか、よくメッセージを取り合っているくらいだ。


 距離感も近く、何かあるたびにしほが触れられる程度には歩み寄っている。

 なんだかんだ、梓がしほを慕っているのは、傍から見ていてとても分かりやすかった――

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