第三百十六話 平穏なラブコメで息抜き


【中山幸太郎視点】


 ――キラリと電話してから三日ほど経過した。

 あの長かった一日が終わった後は、驚くほどあっという間に時間が流れた気がする。


 竜崎も、キラリも、それから梓も……意外とみんな然程変わった様子はなく、学校でも大人しくしているように見えた。


 唯一、結月だけは学校に来ていなかったのは心配だけど。


『もう大丈夫だから』


 キラリからそのメッセージをもらったのも数日前の事だ。

 彼女に竜崎のことを任せた後だったので、それはまるで『問題は解決した』と言わんばかりの連絡だった。


 だから、結月のこともたぶん大丈夫だろう。

 彼女を救うべきなのは、きっと俺じゃない。もう俺は彼女とはあまり関係のない人間なのだ。『何もしないこと』が、俺に唯一のできることだと思う。


 仮に、俺が関わることで結月が救われたとしても、俺が彼女を幸せにできるわけではないのだ……一時的な救いなんていう無責任な優しさは逆に結月にも失礼である。


 だから、竜崎。

 お願いだから、なんとかしてくれよ――と、願っているこの頃。


 結月の他にも、俺は一つの問題を抱えていた。


「幸太郎くん、おやつ食べるー?」


 放課後のことである。

 寒い中、わざわざ母親に車で送ってもらってまで俺の家に遊びに来た彼女は、夕方という時間帯にも関わらずおやつを食べさせようとしていた。


「……でも、あともうちょっとで夕食だからなぁ」


 俺の部屋で、彼女はすっかりくつろいでいた。

 ベッドの上に座ったしほは、ごそごそとポケットを探っている。


「大丈夫、今日は一口サイズだから!」


 そう言って取り出したのは、しほの小さな指でもつまめる大きさのチョコレートだった。もちろん裸ではなく、簡素な包装紙でくるまれているので、衛生上は問題ない。


 サイズも食べやすくて良かった。二日前は石みたいな塊を出されたから、びっくしたものである。


 ただし、問題があるのはその中身――つまり『味』だった。


「今日は砂糖と塩を間違えてない?」


「それは初期の段階で克服した問題よ」


「じゃあミルクとカルピスは間違えてない?」


「もちろん。これはあれよ……愚問ってやつ? ぐもん……ぐもんって使い方当たってるかしら? うーむ……まぁいいや! とにかく大丈夫だわっ」


「チョコレートとカレーを間違えてないか確認した?」


「どうしてカレールーって板チョコの物真似しているのかしらね……おかげで騙されたし、ママが夕食の材料にしようとしていたみたいで、すっごく怒られたわ」


「隠し味とか調子に乗って入れてないよね?」


「……大丈夫! にんにくを入れようとしたら、監視してたママに爆笑されちゃって、結局入れなかったの」


 なるほど。料理上手な母親が見ていてくれたなら、安心か。

 それを聞いて安心した……三日ほど前から、しほが手作りのチョコレートを持ってくるようになったのだが、失敗作が多くて困っていたのだ。


「味見はしない主義だったのだけれど……ママに『味見しないなら台所に立たせない』って言われたから、信念を貫けなかったわ」


 彼女、自分のことを天才だと思っている節があるので、何をやるにしてもなぜか自信満々なのだ。


 だから『料理も大丈夫!』と思っていたらしく、結果的に失敗作を何度も食べさせられて、警戒してしまっていたのである。


 でも、俺の微妙なリアクションを見て色々と察したようで、改善に取り組んでいるようだ。


 母親の手も借りるようになったみたいだし、これならたぶん食べても大丈夫だろう。




 ――あと数日でバレンタイン。




 どうやらしほも気合が入っているようである――

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