第三百十五話 似た者同士


 失敗して、嫌われたと思った竜崎龍馬は、全てを諦めかけていた。

 でも、そんなダメな部分をも、彼女は肯定してくれた。


 何をしても、嫌いにならないでくれる。

 どんなに醜い自分でも、好きでいてくれる。


 自己否定と自己嫌悪の苦しみに溺れていた彼にとって、彼女が差し伸べてくれた手はまさしく『救い』となっていた。


 おかげで、ダメな自分を見つめなおす時間ができた。

 失敗しても、それを反省する猶予がある。

 だから、もう一回やりなおすことができる。


 自分を、変える時間がある。


『自分を好きでいてくれる女の子が、ずっと待っていてくれるから』





 ――奇しくもそれは、中山幸太郎と一緒だった。




 彼も同じだ。

 自己否定と自己嫌悪にまみれていた彼に手を差し伸べてくれたのは、霜月しほだった。


 彼女のおかげで、彼は変わる時間を手に入れることができた。

 おかげで幸太郎は、ただの端役ではなくなった。


 『モブキャラ』と『主人公』は、まったく異なるものではあるが。

 しかし、二人は根底の部分で似ている。


 だから幸太郎は、龍馬のことををキラリに一任したのだろう。

 自分なら、龍馬に救われないと分かっていたから。

 自分と似ている龍馬が救われるには、自分を好きでいてくれる少女が頑張るほかないと、感じていたはずだ。


 結果、彼の思惑通り龍馬はようやく救われたのだ――






 ――地面に崩れ落ちた龍馬を引っ張り起こして、キラリは彼の胸を軽く小突いた。


「しっかりしろ、竜崎龍馬! 男の子だろっ」


 おどけたように笑いかけると、竜馬もつられるように笑ってくれた。


「……うん、そうだな」


 まだ、表情に影はあるものの。

 しかし、先程のような怖さはもうどこにもなかった。


「よし、だったら……ちゃんと考えてね。アタシのことはもちろん、あずちゃんとゆづちゃんの気持ちとも、ちゃんと向き合って」


「それは――もちろん」


 今まで、まともに向き合えなかった彼女たちの思いを、ちゃんと受け止めて。

 その上で、どんな答えを出すべきなのかを考えろと、キラリは言っていた。


「……来週、バレンタインがあるじゃん? 美味しいチョコレートを作ってきてあげるから、その時にりゅーくんの考えを聞こうかな」


 今、龍馬に必要なのは『時間』だと、キラリは分かっているようだ。

 まだ彼は混乱しているのだろう。先程から目の焦点が合っておらず、どこを見ているのか分かりにくかった。


 だから今のキラリは、助け船を出してあげることしかできない。


「アタシは来週の放課後、ここ……りゅーくんの家に来るよ。でも、あずちゃんとゆづちゃんについては、分かんない。アタシからも声をかけるつもりはない。だから、全部りゅーくん次第だよ」


 甘えさせてあげるが、決して甘やかすことはしない。

 微妙なニュアンスの違いだが、キラリは龍馬の成長を妨げることはしないように気を付けている。


 龍馬のためにも、梓と結月に関しても何もしない方がいいと彼女は判断していた。


「自分で考えて、自分で何をするべきか、答えを出してね?」


 それだけを言って、彼女は龍馬からそっと離れた。

 もうこれ以上、言える言葉ない。やれることは全部やった。後は全て龍馬次第である。


「それじゃあ、アタシはそろそろ帰ろうかな」


 踵を返して彼の部屋から出て行こうとする。

 しかし、出ていく寸前に、龍馬からこんなことを言われた。


「キラリ……ありがとう。あと、ごめん」


 ――ちゃんと、感謝と謝罪ができるようになった。

 それが意味することとは、竜崎龍馬の人間的な『成長』である。


 主人公として、ではない。

 あくまで、彼本人の成長をキラリは嬉しく思った。


「いえいえ☆ 気にしなくていいよ……お礼は『結果』でくれれば、それでいいから」


「なるほど。『行動で示せ』ってことか」


「うん、そうだよ。じゃあ、またね」


 その言葉を最後に、今度こそ彼の部屋を後にした。

 玄関で靴をはき、それから家を出る。


 すっかり暗くなった空を見上げながら、彼女は安堵の息を零した。


「あの感じなら、大丈夫だよね」


 もう、龍馬は間違えない。

 ちゃんと、キラリたちの思いと向き合ってくれる。


 なんとなくそう感じて、彼女は一息つくのだった――

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