第三百十三話 もう『サブヒロイン」とは呼ばせない


 第二部の時、彼女はいわゆる『引き立て役のサブヒロイン』だった。

 第一部における梓と同じポジションである。


 ただし、彼女は梓と比較すると、とてもみっともない姿を見せたと言っても過言ではないだろう。


 何せ、告白すらできなかったのだ……龍馬がメアリーに告白している場面を見て、勝手に落ち込んで、それから自分を見失い、挙句の果てには幸太郎に嗤われて――しかしそこで奮起した。


 おかげで今、キラリはこうやって立つことができている。


「言葉にしたことはなかったね。でも、アタシがりゅーくんのことを好きだって気持ちぐらい、分かってたでしょ? いくら鈍感でも……さすがに、分かってなかったってことは、ないよね?」


「……なんとなくは、感じていたが」


 好きと言ったものの、一方の龍馬は意表を突かれた様子ではなかった。

 ただし、驚いてはいるようである。


「お前、俺のことを気持ち悪いって言ってたじゃねぇか」


「うん」


「俺は、キラリのことを物扱いしているんだろ?」


「アタシにはそう見えるよ」


「それなのに……まだ、こんな人間を好きなのか?」


「もちろん。好きじゃないと、あんたみたいに最悪な人間に話しかけるわけないじゃん?」


 穏やかに笑って、龍馬の肩を軽く叩く。

 キラリはいつもそうだった。距離感が他の女の子よりも近くて、何かあるたびにスキンシップをしてくるような、思わせぶりな少女だった。


 だから、好意を持たれていることはさすがに鈍感な龍馬でも気付いていた。

 だが、今もまで好きでいてくれていることに、彼はびっくりしていた。


「……普通、嫌いになるだろ」


「いいね、自分の特徴をよく分かってるじゃん。でも、残念でした……アタシを他の普通の女の子と一緒にしないで。好きと決めた相手だから、最後までこの思いは貫くよ。振られるまでは、諦めない」


 たとえ、好きになった人が間違えていたとしても。

 それなら、訂正すればいい。

 キラリが、間違いを指摘して、直してあげればいい。


「やれることは全部やってやる……アタシは、絶対に幸せになってやるんだからっ。しかも、普通の幸せなんかじゃ満足しない。一番に大好きになったりゅーくんと、一番の幸せを手に入れる。そのためなら、アタシはどんな痛みにだって耐えられるよ」


 ――約束した。

 かつての友人に、誓った。

 痛みを乗り越えて、幸せになってやることを。


「だから、りゅーくん……いや、竜崎龍馬。いいかげんに、目を覚ませ!」


 ――パチン!


 響いたのは、肉と肉がぶつかる乾いた音だった。

 それはかつて、キラリが幸太郎を叩いた音と酷似している。


 だが、もう彼女は暴力に逃げるほど弱くなかった。

 叩いたのは、己の掌。


 つまり、両手を合わせて音を鳴らしたのである。

 まるで、意識がもうろうとしている人間を、覚醒させるときのように。


「あんたの初恋は、終わったんだ。初めて好きになった幼馴染と、幸せになる――そんな夢物語はもう実現しない。だから、現実を見て」


 そして、




「――アタシを、見て」




 合掌することで空気と一緒に破裂したのは、キラリの愛情だった。


「どんなに気持ち悪くても、最悪でも、最低でも、歪んでいても、アタシはりゅーくんのことが大好きだよ。その愛を、ちゃんと受け止めて」


 ……かつては告白すらできなかったが。

 しかし、今のキラリはもうあの時みたいに『惨め』じゃなかった。


「りゅーくんの人生(ものがたり)を、誰よりも近い場所で見せて」


 しっかりと、自分の気持ちを形にする。

 真正面から、好きな人に立ち向かう。


 そんな彼女は……もう『サブヒロイン』とは呼べなかった――

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