第三百十二話 最悪な男でもいい理由


「なんでアタシがギャルっぽくなっていたか、分かる?」


「そんなの……元々の性格じゃないのか?」


「違うよ。初対面の時、アタシは黒髪だったじゃん。どうせ忘れてるんでしょ?」


「…………」


「いいよ、別に。今更、申し訳なさそうにされたって、アタシは別に許さない。その程度の罪悪感で、許してあげるほど甘やかせない」


「あ、甘やかしてほしいなんて言ってないだろ!」


「顔が言ってるんだけどね……まぁいいや。とりあえず、アタシがギャルっぽく振る舞っていたのは――もちろん、あんたのためなんだよ?」


「はぁ? 別に、頼んでなんかないが」


「うわぁ。だから俺は何も悪くない――みたいな態度が、すごく気持ち悪いなぁ。あんたが『派手な髪が好き』って言うから、金髪にして、髪色に合わせて性格もギャルっぽくしてたのに……そんな言い方なくない?」


「……おい。俺、別に『ギャルになってくれ』なんて言ってないだろ。お前が曲解しただけじゃねぇか」


「あはは。確かにそれはその通りだね……アタシ、なんで『ギャルになろう』って思ったんだろ? まぁ、黒髪のままだったらあずちゃんとゆづちゃんとかぶってたし、あえて差別化するためにそうしたのかもね」


「――要するに、俺のせいでギャルっぽくしていたと言いたいんだな?」


「うん。とりあえず、アタシが伝えたいことはそれだね」


「……だから、元々の性格的には、ギャルとは遠いってこと」


「やっと気づいてくれた? アタシさ、別に明るい女の子ってわけじゃないよ……オシャベリするより、むしろ黙っている方が楽なんだよね」


「ほ、本当か? そんなそぶり、なかったぞ」


「本当だよ。アタシはまったく派手なんかじゃない……ファッションは嫌いじゃないけど、それよりも本とかマンガの方が好き。どちらかといえば、オタクだね」


「――知らなかった」


 ああ、そうだろう。

 だって、竜崎龍馬が浅倉キラリについて知っていることなんて、大してないのだから。


 長めの対話を経て、ようやくキラリは息をついた。


「ふぅ……疲れた。まさか、今更こんな話をすることになるなんてなぁ……」


 出会ってから、あともうちょっとで一年になる。

 しかも、初期の頃は、朝から晩までずっと同じ時間を共有していた。

 普通の友人であれば、お互いを理解するには十分な時間が経過していたはず。


 しかし龍馬は、こんなに時間を共に過ごしておきながら、まったく彼女のことを理解できていなかった。


「意外だ……キラリって、そんな人間だったんだ」


「竜崎龍馬は、浅倉キラリのことなんて何も分かってないんだね」


 驚く龍馬を見て、彼女は悲しそうに俯く――ことはなかった。

 むしろ、キラリはどこか嬉しそうに、笑っていた。


「あーあ……普通ならさ、あんたみたいに鈍感な人間、イライラするはずだよね。どうしてアタシのこと分かってくれないの!?なんて叫んで、失望するのが普通だと思うけど……こんな時でさえ、あんたがアタシのことをちゃんと見てくれてることが、嬉しいって思っちゃう」


 今まで、好意を伝えようとして、しかしそれが全て無意味だったと思い知らされた虚しさもある。


 しかし、それ以上の喜びが、彼女を満たしていたのだ。


「アタシのこと、ちゃんと知ってもらえて嬉しい」


「な、なんで笑ってるんだ? 意味が分からねぇ……さっきまで、怒ってたくせに」


「本当に、そうだよね。自分でもチョロいなぁって思っちゃう」


 なんて都合のいい女の子なのだろう?

 自分でもそれは分かっている。だけど、適当に扱われても良いと思ってしまったのだ。


 そんなことよりも、


「今、あんたがアタシを見てくれてる。それが、すごく嬉しい」


 ようやく、彼の視界に入ることができた。

 たったそれだけのことで、キラリの気持ちは高揚してしまう。




「だってアタシは……りゅーくんのこと、今でもずっと大好きだから」




 結局のところ、彼女の気持ちはその一点に集約される。

 最悪な男でも、見捨てられないのは……もう、彼を好きになってしまっているから。


 傷つくことは覚悟している。幸太郎に龍馬を任されたせいか、傷を負うことはむしろ心地良いとすら思ってしまった。

 だから、この程度の些細な痛みは今更大したことがなかったのだ――

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