第三百十一話 ハーレムラブコメの構造と崩壊


 結局のところ、ハーレムラブコメとは『たくさんのヒロインに愛される主人公を通して、読者が気持ち良くなる』作品にすぎない。


 なので、ヒロインは多ければ多いほど好ましいだろう。

 モテればモテるほど『彼はとても素敵な人間だ!』と周囲が認識するようになり、更に女の子が群がってくる。


 これがハーレムラブコメの構造である。


 つまり、主人公は『愛されること』にのみ価値がある存在なのだ。

 だからこそ、主人公は『嫌われる』ことがあってはならない。


 たとえば、一人のヒロインに嫌われたとしよう。


 ――嫌われた原因がある主人公を、他のヒロインが好きなままでいるなんて、ありえるのか?


 と、読者に疑念を抱かせてしまうことは、絶対に良くない。

 だから竜崎龍馬は、愛されることを当たり前に享受しなければならない。


 そうでないと、彼に価値がなくなる。


 そして、この物語では、竜崎龍馬はメインヒロインになるはずだった霜月しほに嫌われたことにより、ハーレムラブコメの構造が崩れてしまった。


 しほがメインヒロインとして振る舞わなかったせいで……『幼馴染に嫌われる程度でしかない人間』だと認識された。

 そして彼はハーレムラブコメの主人公として、不適格になったのである。


 故に、彼は自らの価値を取り戻すために、しほに執着していたのだ。

 彼女さえ手に入れれば、再びハーレム主人公として自身の価値を示すことができる。


 しかし、その考え方はまさしく『装飾品(アクセサリー)』と一緒ではないだろうか。


 価値が高ければ高いほど、それを評価して人は群がってくる。

 その点において、ハーレムラブコメのヒロインは装飾品(アクセサリー)と同等の扱いをされている。


 もし、ヒロインがただの『記号』であるなら、それを享受できるかもしれない。『幼馴染』『妹』『ギャル』『大人しい』など、記号的で人間性の薄いキャラクターなら、適当に扱われても疑問を抱かないだろう。


 ――幼馴染だから、主人公君がどんな性格でも好き。

 ――妹キャラだから、主人公君がどんな性格でも兄みたいで好き。

 ――ギャルだから、主人公君がどんな性格でもなんか好き。

 ――大人しい女の子だから、主人公君がどんな性格でも受け入れるから好き。


 単純なキャラであれば、そうやって好きという感情に言い訳できる。


 だが、龍馬が主人公性を失い、サブヒロインたちから記号めいた色が抜けた結果、適当に扱われることを許容できなくなっていた。


「そんな……所有物なんて、違う。そんなこと、絶対に、そんなこと……っ」


 もちろん、龍馬本人に自覚はなかっただろう。

 ある意味では、彼も被害者と言える。


 ハーレム主人公として生まれた結果、認識が歪んだだけなのだ。

 悪意があってそうしているわけじゃない。


 とはいえ、自覚していない分、余計に悪いともいえるかもしれない。


『知らなかったのなら、仕方ない』


 そう言い訳できてしまうからだ。

 残念ながら、かつて幸太郎が言ったように……無知は免罪符になりえない。


 知らなかったから。

 気付かなかったから。

 そんな理由で、罪は赦されない。


「じゃあ、アタシのことを所有物として見ていなかったなら……アタシがどういう人間か、ちゃんと分かってるってことだよね? アタシを、親しい人間の一人として見てくれていたなら、ちゃんとアタシという人間性を分かっているってことだよね?」


 対するキラリは、逃げることを許さなかった。

 言い訳を並べて、龍馬の歪みを見ないふりすることだってできた。

 だが、彼女はもうただのキャラクターではなくなっている。

 愚かでいつづけるのも、限界があった。


「アタシがどんな人間か、説明してみてよ。アタシのこと理解できるなら、ちゃんと言えるでしょ?」


「それは、当然だろっ」


 憮然とした態度で、龍馬は荒々しくキラリという人間について語る。


「キラリは、明るくて、ノリが軽くて、ファッションとかよく知っていて、派手な女子っぽい……ギャルだろ?」


 ただ、その言葉は本当に上辺だけの情報しか並んでいなかった。

 彼はキラリの本質なんてまったく見向きもしていなかったのである。


「――にゃははっ」


 思わず、キラリは笑ってしまった。


 龍馬に少しでもかわいいと思ってほしくて、特徴的な笑い方にしていた。

 文章にしても、この笑い方だけで『キラリのセリフ』だと分かりやすいように、差別化されていた。


 少しでも、龍馬にとって特別でいたかったから、あえてそうやっていた。

 でも、彼はまったくキラリを見てなんかいなかったようで。


「そういえば、キラリって笑い方が変だよな」


 ついでと言わんばかりに足された情報に、思わずため息をついてしまう。


「……もう、こんな笑い方をするのも、バカバカしいなぁ」


 今までの努力が無駄だったと気付いて、キラリは急に虚しい気持ちを覚えてしまうのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る