第三百六話 彼が彼女たちを気にしていた理由と、その答え合わせ
【浅倉キラリ視点】
「寒っ……」
書店を出る。雨上がりのせいか風が冷たくて、キラリはコートのポケットに手を突っ込んだ。
すっかり暗くなった道を歩きながら、先程幸太郎に言われた言葉を思い出す。
『竜崎のこと、任せていいか? キラリが、どうにかしてやってくれ』
不思議なことを言われた。
キラリは、どうして幸太郎が龍馬のことを気にしているのか、その理由を考えていた。
(こーくんはなんで、りゅーくんのこと気にしてるんだろう?)
思い返してみると、幸太郎はずっと龍馬を見ていた。
龍馬に振られて、彼と距離を置くようになった彼女は、周囲のことがよく見えるようになった。そのおかげで、幸太郎が異常なまでに龍馬を観察していることも、気付いたのだ。
(霜月しほの幼馴染だから? 彼女を奪われないように見張っている――なんてことは、ないか。そんな浅い理由で、こーくんは動かない)
彼は基本的に利己的な行動をしない。
普通の人間なら、自分のために行動するというのに、中山幸太郎という人間は他人のために動いてばかりの人間なのだ。
悪く言えば、主体性がないことになる。
しかし、良く言えば……他人のことを思いやれる、優しい人間でもある――ということだ。
だから、彼が竜崎龍馬に囚われている……いや、執着している理由も『他人』にあるのだと、キラリは考察した。
(恨みとか、妬みとか、そういうのじゃなくて……もっと、こーくんらしい感情だよね。たとえば……『心配』とか?)
中山幸太郎が、竜崎龍馬を心配している?
いや、それは「違う」とキラリは直感した。。
「心配しているのは、りゅーくんじゃなくて……『アタシたち』だ」
ハッとした。
気付いた事実に思わず足を止めてしまう。
別に難しいことじゃない。少し考えれば、すぐに分かることだった。
だけど、それに今まで気付かなかった自分の愚かさが、悔しかった。
(アタシが……いや、ゆづちゃんも、あずちゃんも、みんなりゅーくんが好きだから)
だから幸太郎は、竜崎龍馬を気にかけている。
なぜなら、龍馬がしっかりしていないと、不幸になるのは『三人』だからだ。
(こーくんは、未だにアタシたちのことを心配してくれてるんだ……)
一時は切り捨てたはずなのに。
恋をきっかけに、幸太郎という存在を忘れてしまっていたのに。
彼のことを蔑ろにして、仲が良かったいう過去を踏みにじった。
だけど、幸太郎はキラリたちと『同じ』になることはなかった。
彼だけはずっと、三人のことを切り捨てずに、思いやってくれていたのだ。
これが、答えである。
幸太郎が未だに龍馬に囚われている理由だった。
(いいかげんに……こーくんを、解放してあげないといけないよね)
その『優しさ』は、ともすれば『甘さ』とも表現できるだろう。
縋りつけば、甘やかしてくれるかもしれない――そんな期待をしてしまうほどに、甘すぎる。
(助けて――って言えば、助けてくれるんだろうなぁ)
キラリがまだ未熟なら、その優しさに甘えていたかもしれない。
だけど、その段階は通り過ぎていた。
(まぁ、もうそんなことしないけど)
彼が他人のために自分を犠牲にできることは知っている。
だからもう、彼を傷つけないためにも……キラリは、自分の手で決着をつけると、そう決意したのだ。
「これは、アタシの恋(ラブコメ)だからね」
再び歩き出す。
その足が次に止まったのは、目的地だった。
――ピンポーン
何のためらいもなく、インターホンを押す。
深呼吸も要らない。意識を集中させる時間も不要だ。覚悟はとっくの前に決まっている。
もう既に、彼女の準備はできていた。
だから、いきなり玄関の扉が開いてもキラリは驚かずに対応できたのである。
「りゅーくん、ちょっといいかな?」
――そしてようやく、彼のラブコメが動き出す。
竜崎龍馬のラブコメが、ついに……終わりに向かって、蠢き始めた――
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