第三百五話 求めているのは『結果』
「ちゃんと理解できたよ。こーくんの言ってくれたこと、アタシが『あたし』ではなくなって、何者にもなれていなかったこと……恋に恋する悲劇のヒロインだと思い込んで、そんな自分に酔っていたことも……全部、ちゃんと自覚できてる」
二学期の文化祭から、数カ月が経過した。
あれからキラリは、ずっと俺と喧嘩したことを引きずっていたようだ。
「あの時は分かっていなかった。だから、こーくんに発破をかけられたことも理解できなくて、バカにされていると感じてしまった……そんな自分が、本当に恥ずかしいなぁ」
あの時の言葉は、俺だって忘れていない。
『俺程度の人間で妥協しようとするその『ラブコメ』がバカにされないと思ってるのか? そういうところが、弱いんだよ。もっともっと、足掻けよ……このままだと、哀れで惨めなサブヒロインのままだぞ? お前はそこで終わっていいのか?』
『そこで終わっていいのなら、俺が寵愛を施してやるって言ったんだ。残念ながら、俺は中学生の時にお前を友達と思っていたからな。そのよしみで、生きる理由をくれてやる。嬉しいだろ? サブヒロインに相応しい結末だろ? だから、喜べよ。いつもみたいに愛想よく笑えよ。へらへらして、俺の機嫌を損なわないように媚びろよ』
そういえばあの時は、竜崎の『敵キャラ』として振る舞っていた最中のことだった。その設定につられてなのか、俺らしからぬ酷い物言いをしているが……おかげで、失恋して自分を見失っていたキラリを、奮起させてあげられた。
『――今に見てろよ』
『中山幸太郎……アタシを、あたしを、見てろよ!』
『あんたに、見せてやる……アタシが、サブヒロインなんかじゃないってことを!!』
『アタシの恋(ラブコメ)を……物語を、否定するなっ』
俺の頬を叩き、胸倉をつかんで、睨み、叫んでいたキラリの姿は、今もまだ脳裏に鮮明に焼き付いている。
もちろん、物理的な痛みも覚えているけれど……それ以上に、再起したキラリへの喜びも、忘れられなかった。
だから俺は、あの時の謝罪がしてほしいなんて微塵も思っていない。
むしろ、立ち直った姿をこうして見せてくれることが、俺の求めていたものである。
しかし『何もしない』という選択肢を選んでしまうと、逆にキラリの方が困ってしまうようで。
「こーくん、あの時はありがとう。あと、ごめんね……それで、重ねて申し訳ないんだけど……アタシのことを思いっきりビンタしてくれない? やり返してくれないと、アタシの気が済まないから」
痛みが欲しいと、キラリは言っていた。
償いをしなければ、彼女は前に進めないのだろう。
とはいえ、俺は優しさで他人に手をあげるほど強い人間ではないし、感情で手を出すほど弱い人間でもない。
こちらこそ申し訳ないけれど……いくらキラリのお願いだろうとそれは聞き入れることができなかった。
だから、その代わりにこんなお願い事をした。
「痛みなんてキラリにはもう要らないと思う。それでも、どうしても何か俺のためにしたいと言うのなら……結果を出してほしい」
文化祭の時にも同じようなことを言ったけれど。
もう一度、重ねて言った。
その上で、今度は……もっと分かりやすい表現を、使っておこうかな。
「どうか――幸せになってほしい」
その結果が俺は欲しい。
仕返しなんてやりたくない。
見返りも不要だ。
俺に申し訳ないと思う意味もない。
こちらの顔色なんてもう見るな。
ただただ、がむしゃらに……俺を切り捨ててでも、自分の『幸せ』を手に入れてくれ。
そうじゃないと、いつまで経っても俺は君たちのことが心配だから。
不幸なってしまうんじゃないか――と、ずっと不安だから。
キラリだけじゃない。梓と結月も含めて、君たち三人が幸せになってくれないと、俺はしほのことだけを考えられないのである。
きっと、しほが今もなお俺と付き合うことを拒んでいるのは、まだ俺が三人のことを気にかけているからだろう。
心も全て、しほ一色じゃないとイヤだと彼女は思っている。それくらいあの子は独占欲が強いのだ。
だから、いいかげんに……結果を示してくれ。
「竜崎のこと、任せていいか? キラリが、どうにかしてやってくれ」
もしかしたら、叩かれるよりもそっちの痛みの方が強いかもしれない。
だが、もうキラリなら大丈夫と思った。
竜崎は俺を憎んでいるから、俺があいつの成長を促すことはできない。
でも、竜崎を愛するキラリたちなら、きっと……あの生粋の主人公様を、変えることができるはずだ。
サブだろうと『ヒロイン』であることに変わりはない。
そしてヒロインとは、主人公を変える力を持っている。
だから、頼んだ。
そんな俺の思いに――キラリは力強い言葉を返してくれた。
「はぁ? そんなの、言わなくてもやるに決まってるじゃん」
もう、俺の言葉すら、キラリには不要だったらしい。
「その上で、ビンタしてほしいって言ってるけど……まぁ、こーくんに無理を強いるつもりはないよ。そうだよね、痛みを受けてアタシが楽になるなんて、今更そんなの許されないか」
「ごめん」
「にゃははっ。謝ってるのはこっちだから、こーくんは気にしなくていいよ……アタシは一生、この罪悪感を背負って生きることにする。うん、分かった。とりあえず、こーくんの気持ちを晴らすためにも――りゅーくんのことは、任せて」
「……頼んだぞ」
「オッケー☆ 今日はありがとうね~……そろそろ切るよ。もう、かけることもないかなぁ? それじゃあ、ばいばーい」
最後は明るく電話を切ったキラリ。
何も言わなくなったスマホを眺めて、俺は無言で自分の頬を叩いた。
『パチン!』
乾いた音が部屋に響く。
キラリ、ごめん。これでどうか、許してくれ。
彼女の代わりに自分を叩くというのは、本末転倒かもしれない。
だけど、キラリのことを思うとやらずにはいられなかった。
キラリ……竜崎のことは全部、任せたぞ――
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