第三百四話 そもそも、俺が心配するほど彼女は弱くないから


「メアリーさんについては、また後で色々考えようかな……えっと、いきなり電話してごめんね。色々あったのに、今更昔みたいに友達っぽく振る舞われても困るのは理解してる。だけど、どうしても今、話がしたかったから」


 電話越しに聞こえる元友人の声を聞いていると、不思議な感覚を覚えてしまう。

 中学時代は毎日のように会話していたけれど、ここ最近はすっかり話すこともなくなっていた。


 だけど、久しぶりだというのに……キラリとの会話は、昔と変わらずになんだか楽しかった。


 そういえば俺は、彼女と会話するのが好きだった。

 達観的な視点で語られる話に、いつも感心していたことを不意に思い出した。


「梓に『キラリおねーちゃんに連絡先を教えてもいい?』って聞かれた時はびっくりしたよ」


「……ねぇ、あずちゃんってアタシのこと『おねーちゃん』って呼ぶくせに、お姉さんぶると怒るんだけど、何でか分かる?」


「あー……」


 絶対にしほのせいだ。

 あの子は家に来るといつも梓にしつこく話しかける。どんなに梓がイヤがっていようとも『おねーちゃんに全部任せて!』と善意を押し付けられているから、うんざりしているのだろう。しかも結局、しほがポンコツなせいで梓は迷惑をかけられてばかりだからなぁ。


 とはいえ、しほのことを説明すると長くなりそうなので、この話題に関してはまた後日、時間があるときにでもしようかな。


「梓も反抗期なんだよ」


 適当な理由を口にすると、いきなり隣の部屋から『ドンッ!』と壁を殴るような音が聞こえてきた……盗み聞きするなら、もうちょっとバレないようにやってほしいものである。


「そ、そうなんだ……ついに反抗期がきちゃったんだ。キラリおねーちゃんはちょっと寂しいけど、成長は喜んであげないとね」


「後で本人に言ってあげてくれ」


「にゃははっ。そうするー」


 意図せずして梓の話題になったけれど、それもここまでのようだ。

 義妹のおかげで、キラリとの間にあったぎこちなさも、少しは緩和したような気がする。


 キラリも先程よりは自然な口調を取り戻しているように感じた。


「こーくん……そろそろ、正式に謝ってもいいかな?」


 頃合いだと判断したのだろうか。

 会話が途切れてすぐ、無言の間が挟まらない内にキラリが早速本題へと入った。


「さっきは、文章で謝っちゃったけど……こういうのは、ちゃんと言葉で謝るべきって気づいたから、電話したの。あんなにこーくんのこと、傷つけたくせに……虫がいい話をしてごめんね」


 ――やっぱり、その話をするよな。

 さっきは、いきなりのことで返信することができなかった。

 何を言っていいか分からなくて、考え込んでしまい……何かを言う前に、彼女から電話がかかってきて、今に至るのだ。


 もちろん、彼女が『謝る』という話を、しないわけがないだろう。


「別に許してほしいわけじゃないよ。今更、こーくんと昔みたいな仲のいい関係に戻りたいというわけでもなくて……謝ったから、あの時にビンタしたこととか、酷いことを言ったこととか、それをなかったことにしてほしいわけじゃない。ただ、けじめをつけたいだけ」


 戸惑う俺とは対照的に、キラリはもう覚悟が決まっているようで。

 彼女に迷いはなかった。


「どんな理由があっても、手を出したことが許される道理なんてない。いや、違うね……手を出したこともそうだけど、たくさんこーくんを傷つけていたことも、最近ようやく気付けたの。中学時代、あんなに仲が良かったのに……高校生になってから、アタシはこーくんにとっても冷たくしてしまっていた」


 そう告げるキラリの声は、わずかに震えている。

 だけど、ここで泣くことを彼女のプライドが許さなかったのだろう。


「りゅーくんを好きになって……恋に盲目なヒロイン気取りの痛々しいアタシを、今になって恥ずかしく思う。愛のためなら、友を切り捨てるなんて――そんなこと、許されていいわけがない」


 そして最後に、彼女はハッキリとこう言ったのだ。


「だから、ごめんなさい」


 その一言を耳にして、なんとなく『もう大丈夫』と思ってしまった。


 今まで、ずっと気がかりだった。


 梓や結月を含めて、キラリも竜崎に恋をしたせいで『不幸になってしまうのではないか』と、不安だった。


 だけど、俺程度の人間が心配するほど、彼女が弱いわけない。

 そうだよな……あのキラリが、自分の手で幸せをつかみ取ろうとしないなんて、そんなこと有り得ないよな。


 ……やっと、キラリに対してそう思うことができたのである。

 キラリが『キラリ』に戻ったことが、本当に嬉しかった――

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