第三百三話 変化の兆し
【中山幸太郎視点】
急にキラリから電話がかかってきた時はびっくりした。
慌てて通話ボタンを押して、しかしキラリが俺に何も言わないことに、次は混乱した。
そして、代わりに聞こえてきたメアリーさんとキラリの会話を耳にして、その内容に今度は胸が痛くなった。
(キラリも、梓みたいにメアリーさんのせいで傷ついてしまうのか?)
不安になった。
メアリーさんの言葉にキラリが傷ついているように感じた。
だけど、メアリーさんとキラリの会話が終わってから……その一言目を耳にしてからは、胸が軽くなった。
「……そういうわけで、アタシはどうすればいいと思う?」
そのセリフはやけに飄々としていて、悲観の色が一切含まれていなかった。
「教えて、こーくん」
はたしてその『教えて』に、どんな意味が含まれているのか。
『竜崎が酷いことを言っていたからどうしていいか分からない』
というパターンを、以前までのキラリなら想定していただろう。
でも、今の彼女は……なんというか、心配しなくても大丈夫な気がしたのである。
なんとなくだけど――中学時代に、戻ったような。
あの頃の安心感をキラリから感じたのだ。
(いや、でも……まだ分からない)
とはいえ、まだキラリが大丈夫という確信はない。
俺の勘違いという可能性も低くはないだろう。
だから、あえて最悪のパターンを前提にして、答えを返すことにした。
「竜崎はああいう奴だからな……恋してしまった以上、嫌いになれないのなら、受け入れるしかないんじゃないか? それがたぶん、恋するヒロインにできる唯一のことだと思う」
無意識のうちに『ヒロイン』という言葉を使ってしまったのは、中学時代を思い出していたせいかもしれない。
そもそも、『主人公』とか『ヒロイン』とか『物語』とか『ご都合主義』と言う言葉は、キラリがよく使っていたものだった。
ライトノベルを愛していた彼女がこれらの単語を好んでいたのである。
高校生になり、竜崎を好きになって以降はそういうそういう単語を使わなくなり、ギャルっぽく転身してしまったけど……あの頃の名残を、今のキラリから感じてしまっていたのである。
そんな俺の言葉に、キラリは明るい声色を返して来た。
「あははっ……アタシだっていつまでも『恋に恋するサブヒロイン』じゃないよ?」
その言葉で、俺はようやく確信した。
(自分のことを『サブヒロイン』って言うなんて……以前までのキラリじゃない)
たぶん、サブヒロインという単語を使ったのは、俺に釣られてだろうけど。
しかし、彼女が自分を『サブ』と言うあたり、ちゃんと現状を客観視できていると判断していいだろう。
地に足がついている。
冷静で、落ち着いていて、どこか達観したような視点で、物事を見ている。
まるで、中学時代の彼女みたいに。
(もしかして……キラリは、元に戻ったのか?)
変化を感じた。
竜崎のハーレムメンバーだった頃とはまったく違う。
以前までの、ただのサブヒロインだった時のような、何者でもない『ギャル』という記号めいたキャラクターではなくなっている。
浅倉キラリは『浅倉キラリ』だ。
そう感じて……なんだか、嬉しかった。
まるで、久しぶりに親友と再会したような。
そんな錯覚を覚えてしまったのである。
「うーん……それにしても、メアリーさんってなんか怖いなぁ。いくらりゅーくんが好きだからって、あんなにアタシを傷つけるような言い方しなくてもいいのにね? そんなことされなくても、こっちはいっぱい傷ついちゃってるのに~。今更、あの程度の言葉に動揺するほどアタシは弱くないし?」
自虐めいた言葉に、ついついほおが緩んでしまった。
一歩引いた物の見方が、キラリっぽいなと感じたのである。
本当に、懐かしいよ。
俺が憧れた君は、まだ消えていなかったんだ――
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