第三百二話 チートキャラの停滞と負けヒロインの成長


 キラリが幸太郎に電話をかけたのは、ふとした出来心だった。

 特に意図はない。強引に理由付けするなら、メアリーが帰った後にこの話題を共有した上で、オシャベリがしたい――ということになるのかもしれない。


 メアリーにバレないよう、音量は極限まで下げてから電話をかける。受話されたかどうかは確認せずに、そのままポケットに入れておいた。


 幸太郎が電話に出ていたらこちらの会話を聞くことができる状態になっている。


(さて、と……メアリーさんの思惑通りに、動いてあげようかな)


 やりたいことはやり終えた。

 後はメアリーの気分を満足させてあげようと、キラリは決意する。一応、竜崎龍馬に恋した『先輩』として、後輩に花を持たせてあげることにした。


 それがたとえ、一時的な満足感に過ぎないとしても……この幸福を糧に、今後の報われない恋路を強く生きてほしいと、キラリは願う。


 その思いが綺麗にすれ違っているとも知らずに。

 しかしその齟齬は、メアリーの歯車を狂わせるに十分なズレを生んだのだ。


 もうキラリは、自称クリエイターのサブヒロインに惑わされない。


 色々と回りくどく道筋をたどっているが、今回のイベントは要するに『第二部で物語を支配していたメアリーに、かつて負けヒロインだったキラリが対抗できるようになった』ということである。


・チートキャラとして設定されたメアリーは、万能であるが故にいつまでも同じ状態で『停滞』していること。

・かつて負けてしまって傷ついたキラリだが、その痛みを乗り越えて昔よりも『成長』していること。


 今回のイベントは、それらを説明するためのものだったのである。


 メアリーの悪意を、キラリは無意識化の内に善意で処理した。

 彼女はもう、物語に振り回されるだけの駒ではないのだ。


 だから今、キラリはメアリーよりも優位を保っている。


「だって、ワタシもキラリもリョウマのことが大好きだからだよ!」


「……い、いきなりでびっくりしたなぁ。あははー」


「でも、あたしは別に好きじゃない」


「えー!? じゃあ、ワタシだけが好きってことなら、ラッキーだよ♪」


「そ、そう言ってるわけではないけどね……」


 動揺したふりをする。

 演技が下手じゃないか?と内心で不安を抱くものの、返答するたびにメアリーが嬉しそうに笑うので、その心配は杞憂だと理解する。


(よく分からない人だけど……結局は、アタシと同じ恋するヒロインってことだよね)


 龍馬のことを語るときのメアリーは、目が輝く。

 その小さな変化を、キラリは見逃さなかった。


『偶然聞いちゃったんだけどね……リョウマ、キラリたちがコウタロウと前に仲良しだったこと、知ってるみたいだよ!』


『ほら、リョウマって大好きなシホをコウタロウに取られちゃったでしょ? だからコウタロウに変な対抗心があるみたいなんだよね?』


『それでね、キラリとアズサとユヅキがコウタロウと縁があるって知ると、「俺はあいつのおさがりなんて要らない!」とか言って、ふてくされてたなぁ』


『ワタシはそういう愚かなところも可愛らしいと思うけど、キラリはどう? ああいうダメなところも、大好きでいられる?』


 メアリーは性格が悪い。

 あえてキラリを翻弄するような物言いをしている。

 だが、あまりにもそれが露骨だったので、キラリはむしろ微笑ましいとすら思っていた。


(分かるよ! 自分だけがりゅーくんを好きでいたいんだよねっ……だからわざと、アタシを怒らせようとしているんだよね!!)


 かつてはキラリも通った道。

 他のヒロインを疎ましく思う気持ちは、痛いほどに理解できる。

 だから、傷ついているふりをしてメアリーの心を満たしてあげたいと、そう思ってしまったのだ。


「なに、それ」


 悲しそうな顔をつくって、キラリは俯いた。

 目元を抑える演技もしておく。チラリとメアリーの様子を見てみると、彼女はニコニコと満足そうに笑っていた。


「あらら? キラリはリョウマのダメダメなところ、嫌いなのかな?」


 いや、別に?

 りゅーくんって、そういうダメなところも結構かわいいよね。


 ――なんてことはもちろん言わずに、キラリは悲しそうな演技を続けた。


「りゅーくんなんて、大っ嫌い……っ!」


 役者としては三流もいいところ。


「なんで、りゅーくんってこうなの? アタシは……あたしはっ」


 震える声を発して、悔しそうに拳を握る。

 かつて、文化祭で披露した幸太郎の演技に比べると、まるでお遊戯会の園児だった。


 だけど、メアリーを騙すにはこれで十分。


「な、泣かせるつもりはなかったんだけど……ごめんね? ワタシはもうそろそろ帰らないといけないから。また、学校で」


 そして彼女はようやく満足したようだ。

 キラリが泣いていると判断してなのか、さっそうと席を立って帰っていく。


 それと同時に、店内の席という席に座っていた黒服のマッチョたちも一斉に出て行った。

 再び誰もいなくなったことを確認して、キラリはようやく息を抜いた。


「……や、やっと帰ってくれたっ」


 なんだかんだ、メアリーが怖い存在というのは最後まで変わりなかったこともあり、今になってようやくキラリは自分が緊張していたことに気付く。


 力を抜いてもう一度息をついて、それからポケットのスマホを取り出した。


(こーくん、なんて言うのかな?)


 そんなことを考えながら、久しぶりにかつての友人と会話をするキラリ。


 さて、このあたりでそろそろサブヒロインの視点は終わりにしよう。

 チートキャラの『停滞』と負けヒロインの『成長』はもうすでにイベントで書き終わっているのだから――

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