第二百九十七話 時間を少し巻き戻そう


【三人称視点】


 ――時間を少し巻き戻そう。

 メアリーがまだ、キラリが書店を訪れる二時間程前のことである。


 本を買ってカフェスペースに来た彼女は、窓際に座っても一息ついた。注文したコーヒーを一口含んで、それから頬杖をついて窓の外を眺める。


「雨かぁ……」


 最近短く切った栗色の髪の毛を手で梳いてみると、途中で引っかかって髪の毛が抜けた。若干の痛みに顔をしかめながら切れた髪の毛を見ると、うねるように曲がっていた。


 湿度が高いせいで髪の毛のクセが出ていて、それがキラリはイヤだったのだ。ちょっと前までは長めにしていたせいかクセもなかったが、短くした弊害が出ている。


(長髪より短髪の方がめんどくさいって本当だったんだ)


バッサリとカットして以来、美容院に行く頻度も増えてしまった。煩わしいのでまた伸ばすことも視野に入れている。


 とはいえ、髪の毛のことは些細なこと。


 先程書店の方で買った本を袋から取り出すと、思考はすぐに切り替わった。


『転校生の金髪美女が俺のことを好きすぎる』


 タイトル通り、金髪の美女ヒロインが表紙に描かれているライトノベルを眺める。この作品が二巻で打ち切りになったのは知っている。基本的に作品の打ち切りは公言されないものだが、作者の人がSNSで嘆いていたのをたまたま見かけたのだ。


 打ち切りになることは、商業作品には多い。ファンとしては残念だが、かといってただの読者には大したことはできないので、せめて読むことで少しでも力になればいいなと、購入してみた。


(胸がおっきー……メロンでも入ってるの? やっぱりこれくらい大きくないとヒロインとして不適格だったりするのかな?)


 これでもかというくらい強調された一部を凝視していると、ふとクラスメイトの金髪美女のことを思い出した


(ってか……このヒロインって、メアリーちゃんに似てるかも)


 似ている、というか。

 金髪の巨乳美女といえば、こうだろう――みたいな容姿をメアリー・パーカーがしているので、必然的に似てしまっているように感じたのだ。


(学校に来たり来なかったりするし、りゅーくんと仲が良いな?って思ったら、あまり喋らなくなったり……明るいかと思ったら急に黙り込むし、よく分かんない人なんだよなぁ)


 メアリーは自分のことを完璧超人と思っている節がある。

 学校での振る舞いも完璧だと自負している彼女だが、実は普段の正解に穴が多かった。彼女には自惚れ屋な一面があるので、自己分析は甘い傾向がある。


 メアリーという人物には『違和感』があって、キラリはそれがあまり好きではなかった。


(そういえば、こーくんと喋ってるところもたまーに見かけるんだよね……あの二人、相性悪そうだけど、どういう関係なんだろ?)


 それから思考が向いたのは、思い出したくなくても思い出してしまう、かつての『友人』だった。


 中山幸太郎といえば『文化祭』である。


「……ぐぁああ」


 不意に、文化祭のことを思い出してキラリは机に突っ伏した。

 あの頃は自分がおかしかった。恋に盲目だったせいか、行動が意味不明で……そういうところを幸太郎に指摘されて頭に血が上り、ついついビンタをしてしまったのである。


 あの時の光景が薄れるには、まだまだ経過した時間が短すぎた。


「死にたい……」


 恥ずかしすぎる過去だ。

 忘れるには短いが、省みるには十分な時間が経っている今、あの時はキラリが全部悪かったことを、自覚していた。


 それなのに、逆上して幸太郎に手を挙げた挙句、逆恨みするように『アタシの恋をバカにするな!』『今に見てろよ!』『絶対に幸せになってやる!』なんてことを言ったのである。


 今はそれが恥ずかしすぎて仕方なかった。

 枕があったら顔を埋めて叫びたくなるような心境である。


(そ、そろそろ、こーくんに謝らないといけない頃だよなぁ……)


 あれ以来、彼とは話さなくなった。

 別に、仲良しに戻りたいわけじゃないのだが……今後のためにも、しっかりとけじめというか、過去を清算する必要性を感じていたのである。


(ちゃんと謝らないと……はぁ、何でビンタしちゃったんだろ? いっそのこと、こーくんにも思いっきり叩いてもらわないと、いつまでも引きずりそうだなぁ)


 最近、大好きだった竜崎龍馬とも少し疎遠になっているわけで……そのおかげか、キラリは昔のような冷静さを取り戻しつつあった。


 だからこそ、未来の自分を幸せにするためにも、過去をきちんと『終わらせる』ことを決意したのだ。


(よしっ。まずは連絡を取って、会ってくれるかどうか聞いてみよう……あ、でも連絡先が分かんない。んー、だったらあずちゃんに聞いてみよーっと)


 迷いの消えたキラリは行動が早かった。幸太郎の義妹の梓に『突然ごめんね。こーくんの連絡先を教えてほしいんだけど』とメッセージを送る。


「……雨、やまないかなぁ」


 まだ読書をするような気分ではない

 キラリは窓の外を眺めて、返事が来るのを待つのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る