第二百九十六話 所詮は(自称)でしかないクリエイターなので


【メアリー視点】


『りゅーくんなんて、大っ嫌い』


 キラリにそう言わせるのは、さほど難しいことじゃなかった。


『偶然聞いちゃったんだけどね……リョウマ、キラリたちがコウタロウと前に仲良しだったこと、知ってるみたいだよ!』


『ほら、リョウマって大好きなシホをコウタロウに取られちゃったでしょ? だからコウタロウに変な対抗心があるみたいなんだよね?』


『それでね、キラリとアズサとユヅキがコウタロウと縁があるって知ると、「俺はあいつのおさがりなんて要らない!」とか言って、ふてくされてたなぁ』


『ワタシはそういう愚かなところも可愛らしいと思うけど、キラリはどう? ああいうダメなところも、大好きでいられる?』


 あえて早口で。

 キラリに言葉を挟む余地がないくらい、畳みかけるように。

 一方的にペラペラと喋っていたら、みるみるキラリの顔色が悪くなっていった。


「なに、それ」


 絶望したように。

 あるいは、失望したように。


 悲しそうな顔で彼女は俯いて、目元を抑えていた。

 たぶん、涙が溢れ出さないように、耐えているんだろうね。


 ああ、辛いなぁ。

 彼女の気持ちを考えると、ワタシも心が痛くなる――まあ、ウソなんだけどね。


「あらら? キラリはリョウマのダメダメなところ、嫌いなのかな?」


 プロットに従って文章を頭の中で打ち込んでいく。

 そのまま口からアウトプットすると、今度は何もせずともキラリがワタシの思い描く通りのセリフを口にしてくれた。


「りゅーくんなんて、大っ嫌い……っ!」


 よーし。

 これでひとまず、シナリオは問題なく進んだ。


 後はキラリが勝手に動いて、リョウマを追い詰めてくれるだろう。

 かつて愛してくれたサブヒロインの言葉なら、きっと彼を傷つけてくれるはずだ。


 その傷を癒すヒロインは、もういない。

 傷んだ箇所はやがて膿み、肉が腐れ、ボロボロになっていくことだろう。


 その様を妄想すると、ついついほっぺたが緩みそうになった。


「なんで、りゅーくんってこうなの? アタシは……あたしはっ」


 震える声を発して、悔しそうに拳を握るキラリ。

 俯いているせいで顔は見えないけど、きっと彼女は泣いているだろうなぁ。


 うん、めんどくさい。

 泣けば問題が解決するわけでもないのに、その行動に意味が見いだせない。


 ただただ、悲しいという感情を発散するためだけに泣くなんて、愚かしいにもほどがある。

 でも、キャラクターは感情表現を分かりやすくしなければいけないから、そういう意味で考えると感情に従って泣くのは、正しいのかな。


 やれやれ、それではワタシの役目は終わりだね。


「な、泣かせるつもりはなかったんだけど……ごめんね? ワタシはもうそろそろ帰らないといけないから。また、学校で」


 戸惑う演技をしながら席を立った。

 無言で伝票を取って会計をしたのは、別に罪滅ぼしのつもりではない。

 無駄に金があるので、会計を分けるのがめんどくさいだけだった。


 ――なんてことを考えている自分は、やっぱりクリエイターとして適格だと思う。

 ワタシみたいに、感情ではなく論理で動ける人間はなかなかいないだろう。


 やっぱり、クリエイターとして活動すると楽しいなぁ。

 自分の思い通りに人を動かすと、支配欲が満たされる。


 高校を卒業して、リョウマと離れて……そうなるとまた、ワタシが一人で無双する現実世界の物語が続くわけだけれど。


 その時はまた、昔みたいにクリエイターとして人を操り、物語を生み出すのも悪くないかもしれない――。






【三人称視点】


 ――メアリーはそんなことを考えていたのだが。

 しかし彼女は、やっぱりただの『自称』クリエイターに過ぎないわけで。


 何もかもが順調に進んでいる――そう思い込んでいるだけで、実際はそうでもなかったりした。


「……や、やっと帰ってくれたっ」


 キラリは安堵するように息を吐き出した。

 それから、メアリーが来たと同時にポケットに隠したスマホを取り出して、そのまま耳に当てる。


「……そういうわけで、アタシはどうすればいいと思う?」


 周囲の人間に聞こえないように、小さな声で囁く。

 そう。キラリが握るスマホは、とある相手に電話が繋がっていた。


 その相手は……もちろん、メアリーのことをちゃんと理解している元モブキャラである。


「教えて、こーくん」


 彼の名を口にして、キラリは返事を待つ。

 そして、数秒後に帰ってきた言葉を耳にして、キラリは笑うのだった。


「あははっ……アタシだっていつまでも『恋に恋するサブヒロイン』じゃないよ?」


 その表情は、少し前のギャルだった頃のような、媚びた笑顔ではない。

 中学時代によく見せていた、落ち着いた笑顔だった――

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