第二百九十四話 ヒロインになるのは諦めた


 カフェの一角。甘そうなコーヒーを飲みながら本を開くキラリは、ワタシのことが見えていないかのように、集中していた。


『ちょっと待ってね。これ、あと10分くらいで読み終わるから』


 そう告げてからそろそろ10分が経過する。金髪巨乳美女のイラストが描かれた本――いわゆるライトノベルを読む彼女を、ワタシはジッと眺めていた。


 そういえば、ワタシが遊んであげた時(第二部)は金髪で、碧色のカラーコンタクトをしていなぁ。まるでワタシの劣化版みたいな見た目で、そこが愛らしくもあったけど、今は茶髪でカラーコンタクトもしていない。


 メガネもかけるようになったし、これではワタシの劣化版とは言えなくなっちゃった。そこは残念だよ。


 ――なんてどうでもいいことを考えていたら、キラリが本を閉じた。


「ふぅ、面白かった! ごめんね、メアリー……いや、メアちゃん? それともアリちゃんがいい? 呼び捨てはなんか、冷たいよね」


 おっと。そんなにワタシと親しくしていいのかな?

 こんな腹黒いキャラを前に無防備でいられるなんて、ワタシには考えられないよ。


 まぁ、扱いやすいのはいいことだね。


「お好きにどうぞ♪ ワタシ、ママからは『アリー』って呼ばれてたよ!」


 彼女が浮気して父に捨てられる前の話である。

 思い返すと、あの人はダメな妻ではあったものの、良き母ではあった。ワタシのこと愛していたし、かわいがってくれたなぁ。


 そう考えると、浮気を暴いて父に復讐を促したことがちょっとだけ悔やまれた。まぁ、嘘だけど。


「えー? アリーちゃんって響きは微妙に悪くない? そうだなぁ……じゃあ、パーカーちゃんってどう?」


「いや、そっちの呼び方はやめてもらえるかな?」


 不意の呼称に、思わず素が出てしまう。


「…………え?」


 一瞬、キラリが戸惑うように瞳を揺らした。

 ワタシの態度が豹変したせいだろう。


 ……おっと。いけない。

 ラストネームーーいわゆるワタシの名字にあたる部分については、ちょっと悪いイメージしかないのでやめてほしかった。


 父はワタシに甘いけど、同時に母に似ているワタシを憎んでもいる。

 うん、つまり語れないような思い出が結構あるので、自重してほしいものだよ。


「にひひっ。『パーカー』って日本でいう名字だよ? そんなの、他人行儀だからNE☆」


 とはいえ、ワタシの素を見せるのは都合が悪いわけで。

 即座に元の『ザ・NO天気金髪巨乳おねーさん』キャラに戻って、笑顔を作る。


 そうすると、キラリは安心したように頬を緩めた。


「そ、そうなんだ! ごめんごめん、じゃあメアちゃんって呼ぼうかな? ちょっと面白みがないけど、こっちが一番しっくりくるから」


「オッケー♪ キラリが好きな呼び方が、ワタシの一番好きな呼び方だよー!」


「にゃはは。嬉しいこと言ってくれるじゃん?」


 よーし、コミュニケーションは良好。

 ふとした拍子に、こうやってバカっぽい会話をしている自分を客観視して死にたくなることを除けば、順風満帆だった。アメリカ風に語るならオールグリーンかな? いや、それは映画の見すぎか。


「キラリは何を読んでたのかな?」


 さっき、ワタシのせいで少し緊張させてしまった。もうちょっと彼女の警戒を緩めたいので、更に雑談を試みる。

 会話の種になるかと思って彼女の持つライトノベルのことを聞いてみたら、思った以上の反応が返ってきた。


「これ? これはね『転校生の金髪美女が俺のことを好きすぎる』っていう作品でね、内容はタイトル通り転校生の金髪美女が主人公を愛するだけのイチャイチャラブコメなんだけど、めちゃくちゃ面白かった!」


 いい笑顔で語られてしまった。

 彼女は本当にライトノベルが好きなんだろうけど……内容がちょっと、ワタシと重なりすぎていて心が痛いね。


「ふ、ふーん? ちなみにその本、売れてるの?」


「え? 残念ながら二巻で打ち切りになったらしいけど」


「……ヒロインの器じゃなかったのか」


 その作品のヒロインはまるでワタシだなぁ。

 転校生の金髪巨乳ヒロインなんて、所詮は色物キャラでしかない。

 メインヒロインになるには器が小さすぎたんだろうね。


 たとえば、主人公と幼馴染とか。

 もしくは、主人公と許嫁とか。

 あるいは、主人公のあこがれの人とか。


 そういう付加価値がないと、色物キャラはメインになれないのかもしれない。


 ……いや、それはもういいんだ。


 ヒロインになるのはもう諦めた。


 ワタシは物語に入れない、負けキャラにすぎない。


 だから物語の外で、クリエイターとして暗躍することに決めたのだ。

 さて、こんなに会話したのだから、キラリの警戒心も緩んだはず。


 そろそろ、本題に入るとしようかな――

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