第二百八十八話 回想その15


 ――たった一日で梓、キラリ、結月に見放された。

 しかし、俺がそのことに対して何かリアクションできたのは、なんと一週間も経過した後だった。


 それまではまだ、こんなことを思っていたのである。


『彼女たちがそう言うのなら仕方ない。またいつか、振り向いてくれた時に仲良くできたらいいなぁ』


 なんて、当事者なのに他人事のように考えていたのだ。

 それくらい俺は感情が薄い人間だった。


 だけど、一週間が経過して……教室内ではすっかりお馴染みになりつつあった竜崎ハーレムのラブコメを目の当たりにした時に、俺は色々なことに気付くことになる。


「竜馬おにーちゃん、今日の夜ごはんは何を作るの? 梓、ハンバーグがいいなぁ」


「ハンバーグ……うーん、今日は肉って気分じゃないな。何か魚系統の料理が食べたい気分だから、それにするけど」


 窓際後方の主人公席に座る竜崎龍馬と、その周囲に群がるハーレム要員たちが、言葉を交わす。

 その光景から、俺は何故か目が離せなかった。


「え? お魚にするの?」


「うん、するけど……何か問題でもあるのか?」


「……う、ううんっ。竜馬おにーちゃんのお料理はなんでも美味しいもんねっ。問題なんて、あるわけないよ!」


 ニッコリと笑う梓を見て、しかし俺は呆然としていた。

 梓は好き嫌いが多くて、魚介類は基本的に食べようとしなかった……学校の給食では我慢して食べていたらしいけど、家では箸もつけないくらいに嫌っていたのである。


 特に、俺の前では絶対に食べようとしなかった。「なんでおにーちゃんと一緒にいるときなのに我慢しなくちゃいけないの?」と言って、好きなことしかやらないような子だったのである。


 梓は兄の前では素を見せるというか……『わがままを振る舞うタイプ』だった。


 しかし、今は違った。


「竜馬おにーちゃん、お料理もできるなんて本当にすごいね!」


 竜崎に対しては『媚びを売る』ような妹になっていたのである。

 彼女は竜崎に対してわがまま言えなくなっているようにも見えた。


 何をしても、竜崎を肯定するような。

 どんな時でも兄として慕う竜崎を持ち上げるような梓を見て、まるで違う人間のようにも思えてしまったのだ。


 そして、人間が変わったのは梓だけではなくて。


「わ、わたくしも、お料理のお手伝いします……一緒にご飯、作りましょうね?」


 ここぞとばかりに、結月が竜崎に密着する。

 後ろから、まるで背中に胸を押し付けるようにもたれかかった結月に、竜崎は顔を赤くして照れていた。


「お、おい、ちょっと……当たってるから!」


「あ、当ててるんですっ。昨日はわたくしとの約束を守って勝手に料理を作っていましたから……今日はちゃんと、わたくしのことも待っててくださいね?」


「分かったから! こんな人目があるところでやめてくれよ……やれやれだぜ」


 それは、やっぱり俺にとって信じられない光景で。

 胸が大きいことは、結月にとって一番のコンプレックスだった。中学生の頃、男子たちの間で彼女の体は噂になっていたが、それを耳にした時に結月はとてもイヤそうにしていたくらいである。


 なのに、今はそれすらも武器にして竜崎に好かれようとしていた。

 そのなりふり構わない姿勢が、結月らしくなくて……まるで別人のようにも思えてしまったのだ。


 それから、別人と言えば……あの子に関しては、もう見た目からまったく変わっていた。


「――とかなんとか言って、りゅーくんってばほんとーは喜んでるでしょー☆ にゃははっ、素直になればいーのにね~」


 かつて黒髪の眼鏡少女だったキラリは今、金髪の派手なギャルっぽい少女に激変していた。

 竜崎の好みを聞いてその姿に変えたらしい。何をどう解釈したのか、それは今になっても分からないけれど……そのキャラクターの激変は、一番におかしいとも言えるかもしれない。


 そう、三人とも中学時代とはキャラクターが変わっていたのだ。

 それを見て、俺はようやく気付いたのだ。


 もう、過去には戻れないことを。

 かつて特別に思っていた少女たちは今、別の何者かになってしまっていることを……遅れて、理解したのである。


 俺と親しかった少女たちは、もうどこにもいない。

 キャラクターを変えて、竜崎龍馬のサブヒロインとして与えられた役割通りに振る舞っている。


 それが分かってから、やっと俺は自分が大切なものをなくしてしまったと気付いたのだ。


 こうして俺は一人になった。

 義妹と、友人と、幼なじみがいなくなった喪失感は……とても悲しくて、寂しかった――

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