第二百八十四話 回想その11
さて、箸休めも終わりとしようかな。
長くなったけど、そろそろ過去の話は終わって次に進みたいところだ。
話はどこまで進んだっけ?
そうそう、キラリが竜崎に惚れたところまで終わったんだ。
そしていよいよ『入学式の日』というシーンは大詰めを迎える。
まぁ、そんな頃合いになってもまだ、俺はいつも通り日常を送れると勘違いしていたわけで……屋上でキラリが竜崎に惚れてからも、俺は彼女といつも通り接しようとしていた。
「キラリ、危なかったけど助かって良かったよ。じゃあ、そろそろ日も暮れるし、帰ろうか」
「…………」
竜崎に関しては軽く流して、キラリと一緒に帰ろうと声をかける。
しかし彼女は、返事をしてくれなかった。
「うーん……やっぱり、違うかも?」
不思議そうな顔で俺を見つめた彼女は、おもむろにこちらの手を握ってくる。
細い指に捕まれて、その意図が読めずにこちらも首を傾げていると、キラリは肩を落として目を閉じた。
「こーくんに触れても、あたしはドキドキしない……きっとそれは、当たり前なんだよね。あたしとこーくんはただの友達でしかなくて、それ以上でもそれ以下でもないんだから」
そして彼女は、決別の言葉を言い放ったのである。
「つまりね……こーくんは、あたしの運命の人じゃないや」
……その言葉に、俺は何て言葉を返せばよかったのだろう?
「え? いや、それは……まぁ、うん。そうかも、しれないけど」
「『そうかもしれない』じゃないよ。運命の人かもしれない可能性なんてないの……あたしの運命の人は――あの人だったんだって、さっき気付いちゃった」
彼女は笑う。
その笑みは、俺が今まで見たこともないような、甘い笑顔だった。
ともすれば、甘すぎるほどに。
とろけて、歪んでいて、怖いくらいに満面の笑顔である。
「にゃはっ☆ 命の危険を救ってくれた竜崎くん……ううん、りゅーくんがあたしの運命の人なんだっ! あの人の好きな人にならなくちゃ……りゅーくんに好きになってもらうためなら、あたしはなんだってできそう!」
俺の手を乱雑に振り払って、彼女はうっとりと目を細める。
それから、まるで夢を見ているようにおぼづかない足取りで、彼女は歩き始めた。
「聞かなくちゃ……りゅーくんが好きな人って、どんなタイプかなぁ? 清楚なタイプ? それとも派手な人が好きなのかな? にゃはは、どんな女の子にだってなれるよ……あたしの全てを捧げてでも、運命のりゅーくんと愛し合いたいっ」
こんなに浮かれているキラリを見るのは初めてだった。
まるで、キャラクターが変わったかのように、彼女は落ち着きを失っている。
中学まではもっと大人びた少女だった。独りで生きていることを苦にしないタイプで、他人に歩調を合わせることなんてしない、孤高の人間だったのに。
「りゅーくん、りゅーくん、りゅーくん!」
恋に支配されたキラリは、人格さえも好きな人に捧げようとしていた。
「にゃははははは☆」
幸せそうに笑いながら、彼女は歩き去っていく。
俺なんてもう見えていなかった。さよならも一言もなく……いや、目を向けることすらせずに、俺から離れて行ったのだ。
そして、これを機に俺はキラリと俺は疎遠になった。
『ドキドキしない』
それはつまり、俺はキラリの期待に応えられなかったということで……その事実は、少なからず俺にとってショックを与えていたと思う。
でも、当時の俺は自分の感情なんて考えていなかった。
だから気付けなかったのである。
自分が、苦しくて辛いと感じていることが……まったく、分からなかった――
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