第二百八十三話 箸休め
……そういえばあの時、しほはどこに行っていたのだろう?
回想の途中だけど、ふと気になったので話を途中で切ってから、彼女に訊ねてみた。
「え? な、なななな何をしてたかって? 別に大したことはしてないと言うか、えっと……わ、忘れちゃったなぁ。ぴゅーぴゅー」
すると、彼女はとぼけて口笛を吹いていた。まぁ、口笛の音は鳴ってないので、実質的には口でちょっと外れた音を口ずさんでいるだけなんだけど。
「ほら、しーちゃんって過去を振り返らない女の子だもの。入学式のことなんてすっかり忘れちゃったわ」
「その割には俺の過去を知りたがってるのに? じゃあ、俺の回想も興味ないだろうし、話は終わっとく?」
「むぅ……いじわるっ。ごめんなさい、私は過去をめちゃくちゃ振り返るタイプですっ。特に幸太郎くんとの思い出は覚えてて、たまに思い出してはニヤニヤしてるわ。そんな私を見てママはドン引きしてるけれど」
ウソつきになるにはいい子に育ちすぎたのだろう。
素直に俺の発言を認めた彼女は、開き直って逆に堂々としていた。
「えっとね? うーん……怒らない?」
「……怒られるようなことをしてたってこと?」
まだ雨は降っている。しかしその勢いは先程よりも弱くなっていた。
もうそろそろ、止んでくれるかもしれないなぁ……と、そんなことを話の合間に考える。
それくらい、大したことのない雑談のつもりだった。
回想もそろそろ大詰めで、これからはちょっとシリアスになるだろうから、その前に軽く箸休めの意味も兼ねて話を振ったつもりだったのに。
「実は……あの時、屋上にいたわ」
およそ九ヵ月越しに語られた真実は、予想以上に驚くものだった。
「じゃ、じゃあ、俺達が来たのも見てたってこと?」
「見てたというか、たまたま聞いちゃったというか……もしかして修羅場なのかしら?って聞き耳を立てていたわ」
まさか、あのシーンを彼女も目の当たりにしていたなんて。
「も、もちろん、聞くつもりはなかったのよ? たまたまなの……ええ、本当に偶然だったと思うわ。だから、うん……あの時は、とにかく悲しかった」
「悲しかった?」
「ええ。幸太郎くんの音が、すごく悲しかったから……私、屋上で泣きそうになっちゃったなぁ。まさか気になる子をストーカーしたら修羅場に遭遇するなんて思ってなかったし」
「そうなんだ……ん? いや、ちょっと待って。あの時もストーカーしてたってこと???」
偶然居合わせたと言ってたのに。
尾行していたなら、偶然とは言えないような気がする。
……そういえば、しほっていつから俺のことを認識したのか聞いてないかもしれない。
もしかしたら彼女は、入学当初から俺を見つけてくれていたのだろうか。
だとしたら嬉しいけど……ただ、今はまだ彼女の回想を聞く場面ではないらしい。
それが語られるのは、もうちょっと後のようだ。
「わ、私のことはいいじゃないっ。ほら、続きを聞かせて? 幸太郎くんのこと、全部教えて?」
あからさまにはぐらかして、彼女は回想の続きを促してきた。
俺としてはすごく気になる話だったんだけど……しほがまだ話したくないのなら、無理に聞き出す必要もないだろう。
それについては、また後のお楽しみにとっておこうかな。
「うん。それで、キラリが竜崎を好きになった後なんだけど――」
そうして、話を再開した。
回想もいよいよ山場である。しほも静かに目を閉じて、俺の話に耳を傾けてくれた。
……雨は時間が経つにつれて、少しずつ弱くなっていく。
話が終わるころには、もしかしたら晴れているかもしれない――
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