第二百七十八話 回想その6
竜崎と初めて会った時のこと。
あいつもどうやら道に迷っていた最中だったようで、俺たちは一緒に体育館を探すことになった。
「なぁ、この学校って道が分かりにくくないか? 適当に歩いても着くと思ってたのに、全然ダメだったぜ」
「うん、俺もそう思う」
初対面の頃、当時の俺はさほど意識することなく竜崎と接することが出来ていた。
その頃はまだ、竜崎の異常性を目にしていないので、偶然出会った同級生としか認識していなかったのである。
「それにしても、お前たちも二組なんだろ? 俺も同じクラスだから、これからもよろしくな」
先程、自己紹介をしてもらった時に俺たちが同じクラスだと判明した。
そのことに誰よりも喜んでいたのは、梓だった。
「うん。よろしくねっ!」
「ああ、よろしくな……梓、でいいんだよな?」
「――も、もちろん!! そう呼んでくれたら、とっても嬉しいなぁ……えへへっ」
最初から下の名前を呼び捨てにするあたり、さすがは女たらしである。
とはいえ、当時の俺は独占欲もなかったので、竜崎と梓がとても親しげにしていても、一切何も思わなかった。
いや……何があっても、梓と俺の関係は不変だとばかり思い込んでいたから、余裕ぶっていただけかもしれない。
ともあれ、その時の俺は危機感を覚えることなく、二人の会話を聞いていたのである。
並んで歩く二人を追いかけるように、後ろからのんびりと歩いていた。
「梓は本当に俺の同級生なのか? それにしては小さすぎるけど」
「そ、そんなことないもんっ。梓も立派な高校生だよ!」
「ははっ。そう怒るなよ、ちっちゃくてかわいいって言ってるんだ」
「はにゃ!? か、かかかかわいいって……そんな、えっと……っ」
無自覚に相手をその気にさせる主人公スキルを遺憾なく発揮して、竜崎は梓を攻略しようとしていた。
そして梓も、自ら攻略されたそうにしていたというか……とにかく、異常なくらいに竜崎に夢中になっていた。
「なんか、梓って妹みたいだな。よしよし」
歩きながら、竜崎は梓の頭を撫でる。
その瞬間、梓は顔を真っ赤にして、泣きそうなくらいに喜んでいた。
「…………妹みたいって、思うの?」
「うん、なんだか初めて会ったとは思えないくらいだな。もしかして、俺の前世は梓の兄だったりするのかもな」
冗談めかした発言だが、梓はそれを真に受けた。
いや、彼女は……竜崎に、いなくなってしまった実兄の姿を重ねていたのである。
だから彼女は、こんなことを竜崎にお願いしたのだ。
「じゃ、じゃあ……『龍馬おにーちゃん』って、呼んでもいい? なんか、梓も……龍馬さんのこと、初対面と思えないから」
もちろん、竜崎がかわいい女の子のお願いを断るわけもなく。
「ああ、いいぜ? これから俺は梓のおにーちゃんだな」
爽やかに笑って、梓の提案を飲み込んだのだ。
この時に、龍馬おにーちゃんが誕生したわけだ。
「……やっと、帰って来てくれたんだね」
「え? なんか言ったか? 声が小さくて聞き取れなかったんだが」
「ううん、なんでもないっ。龍馬おにーちゃん、これからもいっぱいなでなでしてね!って言ったんだよ?」
「ああ、それくらい余裕だ」
――そうして、梓は恋に落ちたのだ。
仲睦まじく並んで歩く二人を見て、この時になってようやく俺は違和感を覚えた。
(あれ? 梓のおにーちゃんって……俺だよな? うん、それはそうだから……あの子に親しい友人が一人できたことくらい、喜ばないといけないか)
俺はまだ大したことないと思い込んでいたのである。
もう手遅れになっているとは知らずに、まだ自分のことを主人公だと勘違いしていたのだ――
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