第二百七十七話 回想その5
結局、高校にはみんな合格していた。
その後、俺の家で軽いパーティーみたいなものをしようということになって、俺たちは一緒に歩いていた。
道中、キラリの表情がドッキリだと分かった梓と結月は、そのことに怒りもせずに純粋に喜んでいたから、それを見てキラリが逆に戸惑っていたことをよく覚えている。
「二人ともいい子すぎない? あたしだったら絶交するのに」
「そんなに梓の心は狭くないよー」
「あ! もしかしてわたくしたちの緊張をほぐすために、わざとあんな冗談を言ったのですか? さすがです、キラリさん……お心遣いが素敵ですねっ」
「良い方に解釈しすぎでしょ……こーくん、この子たちなんとかした方がいいよ! 絶対に将来、悪い男に引っかかると思う」
合格発表からの帰り道、三人が賑やかに会話している場面を、俺は数メートル後ろから眺めていた。
それが、俺と彼女たちの距離感だったのだ。
「悪い男に引っ掛かる? なんで?」
「……ダメだ、こーくんもちょっと純粋すぎるっ」
キラリが頭を抱えて苦笑していた。
そんな彼女に向かって、俺は曖昧に笑いかける。
心の中で『そういう時は俺が助ける』と思っていたから、大して危機感を覚えることもなかったのだ。
梓も結月も、困ったことがあれば俺に助けを求めてくれる――と、そういう驕りがあったからこその反応だったのかもしれない。
「とにかく! みんなでまた同じ学校に行けて良かったねっ」
ふと梓がそんなことを言うと、キラリが同調するように大きく頷いた。
「はい。皆さんとご一緒できて、すごく心強いです」
二人に続いて、キラリは仕方ないなぁと苦笑しながら、言葉を繋げる。
「まぁ、そうだね……高校も、同じようにこのメンバーで仲良くできたら、いいかもしれないね」
そんなことを言うキラリに、俺はなんと当たり前だと言わんばかりに、頷いたのだ。
「もちろん、きっとそうなるよ」
今にして考えると、どんな根拠を軸にこんな妄言を吐けたのか、理解できない。
しかし、この時の俺は『三人と一緒にいて当たり前だ』と思っていたのである。
高校生になっても変わらずに、三人と仲良くできると思っていた。
現状のままを維持していれば、幸せな未来が訪れると頑なに思い込んでいた。
そうして、そのまま……やがては、三人の誰かともっと親しくなるのかもしれない、なんてことを頭の片隅で考えていたのである。
恥ずかしい話である。
そんなものは、ただの妄想でしかなかったというのに。
そのことを、高校の入学式に俺は思い知らされることになった。
忘れもしない、四月の上旬。
平穏な春休みを終えて、無事に俺たちは高校生になった。
偶然にも、俺は三人と同じクラスだった。
この事実を知って『高校になっても変わらないなぁ』と、そんなことを思ったのを覚えている。
また、梓とキラリと結月と、仲良くできると……そう思っていたのだが、とある人物との出会いで俺たちの中は引き裂かれることになったのである。
そいつの名前は『竜崎龍馬』だった。
俺とあいつのファーストコンタクトは、入学式の直前のこと。
あの時、俺は梓と一緒に体育館に向かっている途中だったのだが……少し迷ってしまって、学校の敷地内を歩き回っていたのである。
ふと思い返すと、大して広くもない学校で迷うこと自体、なんだかおかしな気もする。もしかしたらこの時から『ご都合主義』が働いていたのかもしれない。
迷っている俺たちがやがて辿り着いたのは……今ではよくしほと一緒にお昼を食べる、人のいない校舎裏だった。
「おにーちゃん、さすがに迷ってるから誰かに道を聞いた方がいいと思うなぁ」
「ああ、うん。そうするよ」
「えっと……あそこに人がいるから、聞いてみて――って、あれ?」
偶然そこにいた男子生徒――竜崎を見て、不意に梓は息を止めた。
その時、彼女はあいつを見て、ハッキリとこう言ったのである。
「……『おにーちゃん』?」
それはもちろん、俺のことじゃない。
彼女が今呼びかけたのは、ずっと前にいなくなってしまった実兄のことである。
前にも語ったが、竜崎は梓の亡くなった実兄とそっくりで、だからこそ初対面の時の梓は、すごくびっくりした顔をしていたのだ。
「やっと……帰ってきてくれたの?」
それから、彼女の顔は……今までに見たことがないくらいとても嬉しそうだったことは、今になってもよく覚えていた――
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