第二百七十四話 回想その2


 雨の降る公園は、当然だけど俺としほ以外に誰もいなかった。

 木の下で雨宿りしながら、二人きりで言葉を交わす。


 その何気ないひとときは、しかし久しぶりでなんだか楽しかった。


「あずにゃんはずるいわっ。幸太郎くんの妹になれるなんて……わたしも妹になりたかったなぁ」


 中学生の頃の話をしていたら、不意にしほが口を挟んできた。


「俺の妹なんて、そんなにいいものじゃないと思うけど」


 回想は邪魔されたけど、小休憩ということにしておこうかな。


「そんなことないわ。あずにゃんってば、たまーにわたしに妹マウントを取ってくるのよ? メッセージアプリでね、『今日はおにーちゃんが卵焼きを作ってくれました』って写真付きで送るの」


「そんなことしてたのか」


 思ったよりも仲良くなっていてびっくりだ。

 表向き、梓はしほのことが苦手と言っているけれど、相性はやっぱり悪くないように見えるなぁ。


「わたしが嫉妬するって分かっていながら、あんなことしてくるんだから困ったものだわ……まぁ、あずにゃんは私にとってほとんど妹みたいなものだから、身内のかわいい冗談と思って許してあげるのだけれどね? ほら、私ってとっても寛大だからっ」


 寛大ではないと思う。

 しほは結構、器がちっちゃい。


 今も、過去の話なのにちょっとむくれていた。

 こうなることが怖かったから話さなかったけど……でも、今はこうなってもいいと思って、過去を話している。


 むくれていても、嫉妬していても、拗ねても、しほなら受け止めてくれる――そう信じているからだ。


「それで、お話の続きは?」


 ほら、やっぱりしほは知りたがっている。

 興味津々に、俺の言葉に耳を傾けてくれている。


 俺のことをちゃんと知ろうとしてくれているのだろう。

 俺も、その思いに応えたい。


 だから俺は、なおも回想を続けたのである――






 ――高校受験、合格発表の朝。

 朝食を食べ終えた俺と梓は、制服に着替えて家を出た。


「あ、結月おねーちゃんだっ」


 外に出ると、幼なじみの結月が家の前でぼんやりしているとこを見つけた。

 どうやら待っていてくれたらしい。


 当時はまだ竜崎と出会う前で、だからなのか結月は俺の隣にいることも多かった。朝も、よく俺と一緒に登校していたくらいである。


「梓さん、おはようございます。幸太郎さんも、朝から待ち伏せみたいなことをしてごめんなさい」


「いや、大丈夫だよ」


 ……大丈夫だよ、なんてどの立場から言っているのだろう?

 当時の俺は結月が待っていてくれることを当たり前に思っていたのだ。

 本当に、恥ずかしいものである。もっと身の程をわきまえていれば、待っていてくれてありがとうと感謝して然るべきなのに。


「合格発表、一人で見に行く勇気が出なくて……ご一緒させてくれませんか?」


「えー? 結月おねーちゃんなら余裕で合格してるんじゃないの? 結月おねーちゃんが落ちてたら、梓とおにーちゃんなんて絶対に落ちてるもんっ」


 自分も不安なくせに、梓は結月を元気づけてあげようとしていた。

 もともと、この子はこういう心優しい一面のある女の子なのである。


「そんな、わたくしは全然……き、緊張のあまり、ちょっと頭が真っ白だったんです。当日の記憶もあまりなくて、ちゃんと正答できていたか不安で仕方なくて……」


「そうなんだぁ……大丈夫と思うけどなぁ」


 そんな雑談を交わしながら、二人は歩き出す。

 同級生でありながら、面倒見のいい結月と、甘えたがりの梓はやけに相性が良かった。中学までは本当の姉妹のように仲が良かったなぁ。


 高校に入学してから、同じ人を好きになったライバルになってしまって、二人の仲はちょっと冷たくなってしまった。


 振り返ってみると、それもまた残念である――

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