第二百七十三話 回想その1

 いつ頃の自分を話せば、より分かりやすく伝えられるだろうか。


 幼稚園の頃はまだ梓と出会ってないし、小学生ではキラリと出会っていないから、中学生の話が一番いいのかもしれない。


 まぁ……自我も芽生えて、自分が何者で、どんな存在かを考えるようになるのも、中学生くらいなのだから、その頃合いが適切だろう。


 あの時の俺は、自分を主人公だと思っていた。

 ……いや、その情報は適切ではないか。


 小学生の頃、母に見限られてから俺は自分に自信を失った。

 そのあたりはまだ、俺は自分のことを『モブキャラ』に近い何かだと思っていた。


 もちろん当時はまだ子供で、そんなに深く物事を考えたりしなかったけれど……やけに息苦しかったことは、よく覚えている。


 そんな俺を癒してくれたのが、幼なじみの結月であり、義妹の梓であり、友人になってくれたキラリだったのである。


 三人と出会ったおかげで、俺はやっと前を向けるようになった。

 もしかしたら、俺も主人公になれるかもしれない――そう思わせてくれたのである。


 だから、三人と出会って以降の話をしほに伝えたい。

 それを踏まえて考えてみると……中学三年生の時期が一番適切な気がした。


 まだ、竜崎と出会う前。

 中学三年生の、しかも高校に入学目前の三月頃。


 今からだいたい、一年前の話になるのだろうか。

 あの時の俺は……三人のことを幸せにしたいと思っていた――






 ――三月半ば。中学校の卒業式も終わり、その日はちょうど高校の合格発表の日だった。


「おにーちゃん、梓たち……ちゃんと合格してるかなぁ?」


 朝、梓がやけに不安がっていたことはよく覚えている。

 朝食に作ってあげた、彼女の大好きな卵焼きでさえ喉を通らないくらい、梓は緊張していた。


「たぶん大丈夫……一緒にたくさん勉強したから、梓が落ちるなら俺も一緒に落ちてるよ」


「そ、そうかな? だったら、ひとりぼっちにならないからいいかも――って、良くないよっ。一緒に合格して、ちゃんと高校に入学するんだもん」


 俺も梓もさほど成績がいいわけじゃなかった。

 だけど、母親からの命令で、どうしても少しレベルの高い高校への入学を目指さなければならなくて、二人で猛勉強したのだ。


 基本的に、母親は血の繋がっていない梓には関わろうとしない。

 俺には色々と口を出してくる人なのだけど、実の娘じゃないからなのか、あるいは愛してくれる夫の子供だからなのか、俺よりは少し甘い傾向があった。


 そんな人が唯一、梓に強く言ったのが『ちゃんとした高校に入学すること』だったのだ。

 その重圧をかけられたせいもあってか、梓は余計に緊張していたのだと思う。


「うぅ……不合格だったら、お母さんになんて言われちゃうのかなぁ。おにーちゃん、本当に大丈夫かなっ。梓、家を放り出されたりしない?」


「大丈夫だよ。あの人はなんだかんだ世間体を気にする人だし、そんな悪い噂になるようなことはしないと思う」


「そ、その理由は、あんまり安心できないよっ」


 顔を青白くしていた梓を元気づけるために、あの時の俺は普段よりもおどけていた。そうすることで梓の不安が軽くなると、そう思っていたのだ。


 モブキャラ程度が、おこがましい。

 そうやって思い上がっていたから……今の俺では考えられないような行動を、たくさん取っていた気がする。


「おにーちゃん……ちょっとだけ、元気をちょーだい?」


 それから、あの時の梓も俺に懐いてくれていたので、今よりも距離感が近かった。

 まるで竜崎と接している時みたいに、俺にすり寄ってきたのである。


 しかも、頭を押し付けるように差し出してきて……その仕草が『頭を撫でて』と言っているみたいだったので、俺も当たり前のように彼女の頭を撫でていた。


 その時も、もちろんそうしていた。


「よしよし。落ち着いて……いい子だから」


 そうしてあげると、梓はいつも笑ってくれた。


「……んっ。ありがと、元気でた」


 ちょっと、照れたように。

 だけど、嬉しそうに人懐っこい笑顔を浮かべる義妹のことを、かわいいと思っていなかったと言えば、ウソになるだろう。


 そんな梓のことを心から大切だと思っていた。

 もちろん、梓だってこんなに甘えてくるのだから、同じように俺のことを思ってくれていると、勘違いするの無理はないと思う。


 当時の俺は、ずっとそんな感じだった。

 今にして思い返すと、本当に恥ずかしい。


 俺は本当に、ただの勘違い野郎だったのである――

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