第二百七十二話 めんどくさいところも好き


「それで、どうしてあんなお話になっていたのかしら?」


 俺と竜崎のやり取りを聞いていたしほは、しかし事情の全てを把握してはいないようだ。

 それも無理はない。さっきの話を聞いただけで、事情を全部把握できるわけがないだろう。


「あ、幸太郎くんが言いたくないなら、それでいいの。無理に聞き出したいとか、そういうわけじゃなくて……詮索しているつもりはないのよ? でも、えっと……悩んでいるのなら、一緒に悩ませてほしいなぁ――って」


 公園で一緒に雨宿りをしながら、彼女はそう言った。


「うーん……ねぇ、こういうのも重たいかしら? テレビでね、パートナーのことを知りたがる女性ってあまり良くないって言ってたの。私、幸太郎くんにとってめんどくさい? それなら直したいから、正直に言ってほしいわ」


 しほが、めんどくさい?

 いやいや。そんなこと――ないことも、ないのか?

 まぁ、一般的には、ストーカーされたりするとイヤがる男性もいるのかもしれない。


 でも俺は、しほの行動を悪く思ったことなんて一度もない。

 だから、しっかりと首を横に振った。


「大丈夫だよ。俺のことを心から思ってくれているのは伝わってるし……めんどくさいところも、かわいいと思ってる」


 これが素直な感想である。

 しほが俺に対して行為を持ってくれていることは理解している。

 だからこそ、めんどくさいと思われがちなことをしてしまうことだって、きちんと分かっている。


 そういうところも、しほの魅力の一つだと思うのだ。


「――か、かっこいいっ。幸太郎くん、いつの間にそんなイケメンになっていたの!? ど、ドキドキしちゃうから、そういうことはやめてっ。普通の安心する幸太郎くんがいい!」


「……そうなるか」


 自分でもちょっとかっこつけたかな?とは思っていたけれど。

 しほは背伸びした俺よりも、普段通りの俺がいいらしい。


「突然そんなこと言われたら、私の心臓がドキドキしすぎて疲れちゃうのよ? 幸太郎くんは私を悶え苦しむのが好きなのかしら」


「そんなつもりはないよ」


 意表をつかれたのだろうか。普段よりも顔を真っ赤にしたしほが、説教をするみたいに俺を叱っていた。


「ごめん。次から気を付けるから、落ち着いて」


「あ、謝ってくれたら、いいわ。許してあげましょう」


 こちらが折れると、しほは簡単に許してくれた。

 照れ隠しに怒って、そのせいで引っ込み所を見失うところは……まぁ、一般的に考えてなかなかめんどくさい。


 でも、謝ったら簡単に許してくれるので、不快には思わない。

 そういう性格もすっかり慣れてしまった。


 いわゆる、こういう部分はしほの『悪い一面』なのかもしれない。

 しかし、そこさえも魅力的に思えるようになってきたから、不思議なものだった。


 しほと俺の関係は、それだけ深くなっているのだと思う。

 だから、そろそろ……俺の過去だって、話しておく必要があると思う。


 そういえば、しほにはあまり積極的に話すことがなかった。

 知られたくないという思いが強かったのだと思う。


 いや、違うな。

 知られたくないというよりは、嫌われたくなかった。


 一途で、独占欲の強いしほに、過去の話なんてしたくなかったのである。

 でも……いつまでも隠しておくのは、しほに申し訳ない気がしていた。


 今回、竜崎の件と俺の過去は密接に関わっているし、ちょうどいい機会でもある。


「それで、竜崎くんとのお話……聞かせてくれる?」


 しほも知りたがっているのだ。


「うん、いいよ。俺も、聞いてほしい」


 だから、言うことにしたのである。


 俺の過去を。


 しほを好きになる前……他の女の子たちを、幸せにできると思っていた、愚かなあの頃の話を。


 自分を主人公だと思い込んでいた中学時代の俺を、語ったのである――

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