第二百七十話 重めの女の子


 こうして竜崎との対峙は終わったのだけれど……どうして彼女のここにいるのか、ちゃんと聞いておく必要がありそうだった。


「あらら……うーむ、どうしようかしら」


 竜崎が消えたのを確認して、しほは何やら思案するようにあごに手を当てている。


「よーし、決めたっ。私はただの通行人で、何もお話は聞いていないということにしたいから、幸太郎くんもそれでいいかしら?」


 それから何を言い出すのかと思いきや、強引な力技でこの状況を片付けようとしているみたいだ。


「いやいや、さすがに無理があるよ」


「むぅ……ぬ、盗み聞きしてたこと、怒らない? 幸太郎くん、私のことイヤに思ったりしない? もし少しでも嫌われる可能性があるのなら、幸太郎くんを殴って記憶を消すことも選択肢にあるわ」


 そう言って、しほは拳の骨を鳴らそうとしている。しかし関節がふにゃふにゃなのか、ポキポキという音はまったく聞こえてこなかった。


「しほは盗み聞きしていたことを知られたくないの?」


「えぇ。だってそれを知られちゃったら、幸太郎くんをストーカーしていたこともバレちゃうもの。学校であんまり構ってくれなかったから、寂しくなってついつい後をつけちゃったなんて、そんな重たい愛情表現は知られたくないわっ」


 ……全部言っちゃってるなぁ。

 意図的か、あるいはおっちょこちょいなのか。

 いずれにしても、まぁ別にいいのだけれど。


「それくらいで怒ったりしないよ」


 苦笑しながら首を横に振ると、しほは安堵したように肩をなでおろした。


「ほ、本当に!? 良かったぁ……重たい女だと思われたらどうしようかなって思ってたの」


「あ、それはもう思ってるから、大丈夫かな」


「っ!?!?!?!?」


 まさか思われていないとでも?

 ここまでの行動を振り返ってみると、しほは少しどころじゃないくらい重めである。


 でも、そんなところも含めて好きになったから、嫌いになることもない。


「とにかく、おいで。この距離だと声が聞きとりづらいから」


 耳のいい彼女には聞こえるのかもしれないが、数メートルの距離は会話をするには少し遠い。

 雨や風の音もあるので、もうちょっと近づいてくるように手招きした。


 すると、彼女はまるで警戒する猫のように、過剰にゆっくり歩み寄ってきた。


「お、重たくなんてないわっ。ちょっとだけ愛情表現が情熱的なだけっ。分かった? 分かってくれないなら、逃げて泣いちゃうけれどいいの?」


「わ、分かった。分かったから……とりあえず、落ち着いて話そうか」


 警戒させないように、なるべく優しく話しかける。

 そこまでしてあげて、ようやく彼女は手の届く距離に来てくれた。


「じゃ、じゃあ、お話するっ。最近、あんまりオシャベリできてないものね……このあたりで甘えたいゲージをカンストさせておかないと気がおかしくなりそうなの。でも、ちょっと逃げ出したい気持ちもあって、だから、あのねっ」


 それでも何やら言っているしほ。

 後ろめたさがあるからなのか、その表情はいつもよりも強張っている。

 しほには似合わない緊張の面持ちだ。


「――捕まえた」


 だから、あえてしほの手を掴んだ。

 その手を握って、大丈夫だよと笑いかけてあげる。


「逃げないでいいよ。俺が君を嫌いになることなんて、ないんだから」


 安心させるためにそう言ってあげると、しほは大きな目を丸くした。

 それから、今度は嬉しそうに目を細めた。


「つ、捕まっちゃった……えへへ」


 真っ白いほっぺたに、わずかな朱が浮かんでくる。

 照れているのだろうか。その表情も愛らしくて、こっちまで頬を緩めてしまう。


 なんだか、久しぶりの感覚だった――

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