第二百六十八話 苦難の先


 ――竜崎を変えるなんて、無理だ。

 そう思いかけた直後、ハッとして俺は目を見開いた。


(また諦めようとしている……っ!)


 油断するとすぐこれだ。

 何か困難に直面した際、いつも俺の思考には霧がかかる。

 思考の回転が鈍くなり、考えることを放棄するような結論にばかり至っていた。


 こうやって諦め続けた結果、卑屈になってモブキャラと思い込むようになったことを、忘れてはいけない。


 もうその展開は飽きた。

 モブキャラだからと言い訳して、三歩進んでは二歩下がるような流れを繰り返しては、今までと一緒だ。


(考えろ……どうやったら、竜崎を変えることができる?)


 この歪んだ人間性を。

 生まれながらに愛される才能を持ち、何もせずとも愛されてしまったが故に、自分という世界がねじ曲がってしまった主人公様の世界観は、どんな工程を進めれば変革することができる?


(主人公の覚醒――それは、苦難の先にある)


 お得意のメタ的な思考で考えてみた結果、ようやく結論にたどり着いた。


 良かった。まだ思考は止まっていない。

 思考を遮る霧は未だにあるが、強引に突き進んだおかげで、なんとか道を見つけることができたみたいだ。


 後はこの道を進めばいいだけ。

 先に何があるのかは見えないが、己を信じて足を踏み出せばいい。


 かつてはその一歩が踏み出せなかった。

 自分を信じ切ることができずに、その場でうずくまってばかりいた。

 だけど、そんなことばかりしていては……しほとの関係も進めることができないから。


 過去も、因縁も、断ち切るために。

 竜崎龍馬には、やっぱり覚醒をしてもらわなければならなかった。


(まだ……足りない)


 こいつを覚醒させるには、苦難がまだ足りない。

 徹底的に追い込んで、壊れる寸前まで痛みを与えて、崖の下に突き堕としてこそ、竜崎龍馬は本領を発揮する。


 なぜならこいつは、主人公だから。

 俺の今回の役割は、それだ。


 竜崎の覚醒を促す『苦難』として、こいつの前に立ちはだかる必要性があった。


 だから、更に俺は言葉を続けた。


「おさがり……か。結月は一度として俺の所有物になったことはないんだけどな」


「黙れ。お前の言葉はもう聞きたくない……結局、お前は優越感を感じたいだけだろ? 俺の幼馴染を奪っただけじゃなく、こっちには自分の幼馴染をおさがりにくれてやって……圧倒的に、俺がお前よりも『下』だと、そう言いたいんだろ?」


「……何を言ってもダメそうだな」


 ああ、むかつくなぁ。

 劣等感に苛まれて卑屈になっている人間は、やっぱり見ているだけでイライラする。


 かつては自分がそうだったと思うと、急に恥ずかしくなった。


 こんな竜崎は見たくない。

 その気持ちは、結月たちだって一緒だろう。


(このまま放置しても、意味はない……)


 苦難が足りない。

 もっともっと、竜崎を瀕死に追い込む必要がある。


 だから、あえて教えた。


「まぁ、あれだ……結月だけでショックなら、梓が俺の義妹で、キラリが中学時代の友人だと知ったら、もっと驚くんじゃないか?」


 梓とキラリとの関係性も。

 今まで秘密にしていた事実を告げる。


 そうすると、竜崎は悔しそうに唇を噛んだ。


「じゃ、じゃあ……俺はずっと、お前のおさがりをあてがわれていたってことか? お前が手をつけた彼女たちにチヤホヤされて、のんきに浮かれていたってことか?」


「手を付けてなんかない。家族として一緒に過ごしていたし、友人として時間を共有していたけれど、ただそれだけだよ」


「――それが、手を付けたってことになるだろ?」


 竜崎はもう、俺の言葉を受け入れられるほどの余裕がないようだ。

 思い込みだけで、あいつは事実を捻じ曲げる。


 自分の都合がいいように解釈することも多かったけれど。

 今回は、その思い込みが悪いように作用して、悪い方向に解釈しているようだ。


 やっぱり竜崎は臆病なのだろう。

 もっと俺たちの関係を知ろうとすれば、その解釈が誤解であることに気付けるというのに……知ろうとしないから、俺たちの関係が上辺だけだったと理解できないのだ。


 それを説明したところで、今のこいつには届かない。

 だったら、もうそれでいい。


 こいつの覚醒が成し遂げられるまでは、好きに思い込ませておけばいい。

 今の俺に出来ることは、竜崎を徹底的に追い込むことだけなのだから――

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