第二百六十六話 不完全なハーレム主人公
「なんだよ……お前のことになんて興味ないんだが?」
全てを語る覚悟を決めた俺とは対称的に、竜崎の気持ちはなおも前向きではないように見える。
ここにいたってなお、こいつは他者に関心を寄せようとしない。
そんな竜崎に対して、思わず同情してしまった。
「無知であることは免罪符にならないぞ?」
確かに世の中には知らなくていいこともたくさんある。
だけど知っておかないと、知ることができないことだってある。
そして。俺の『過去』という前提がなければ、俺の思いはこいつに届かない。
だから無理矢理にでも関心を抱かせる必要があるだろう。
そのためには、手段なんて選んでいる余裕はなかった。
「結月のこと、知りたいだろ? どうしてあの子がお前を拒んでいるのか……あんなに好きでいてくれた彼女が急に態度を豹変させた理由も、お前はどうせ分かっていないんだろ?」
あえて初っ端から核心に触れる。
竜崎の心の準備はまだできていないだろう。しかし、こうやってハッキリ言っておかないと、こいつには届かない。
竜崎龍馬は長年『鈍感主人公』だったのである。
こいつの鈍さは筋金入りだ。
伝わった『はず』だなんて勘違いの余地を残すことすら恐ろしいほどに、竜崎龍馬は何も気づけない。
物語にとって都合がいいことしか知らないからこそ、こうやってハッキリ明言したのだ。
「俺は結月のこと、よく知ってるよ」
「……なんでだよ。お前と結月が話しているところなんて、見たことないんだが?」
「それは当たり前だろ。お前が見ている前で、結月が俺と話すわけがない」
だって彼女は、お前が好きだったから。
竜崎のことで頭がいっぱいになった結月に、俺が見えるわけがない。
でも、俺は彼女を知っている。
なぜなら、
「俺と結月は――幼馴染だから」
言った。
ついに、言ってしまった。
できるだけ隠しておきたかった関係性ではある。
実際、結月の恋路を考えて、そのことについては決して触れて来なかった。
竜崎の前では可能な限り隠しておいたことである。
しかし、今こいつをなんとかしないと、結月の恋は報われることなく終わってしまう。
そうならないために、俺はここにいるのだ。
「……ん? 今、なんて言った?」
俺の言葉に、しかし竜崎はなおも無知でいようとしていた。
いや、無知でいられるように、見えない強制力が働いている気がした。
「風が……いきなり、強くなったな」
そう。急に強風が吹いて、俺の発言を阻んだのだ。
今の言葉は竜崎に届いていない。
だけどもう、物語の傍観者でいるのは終わりにした。
そう決めたから、俺は臆さずにもう一度語ったのだ。
「俺と結月は幼馴染なんだ。だから俺は、彼女のことをよく知っている」
さらに一歩、竜崎に近づく。
聞き逃す隙を与えないよう、先程よりも声を張る。
そして、ここまでされては……さすがにご都合主義も機能することができなかったようだ。
「…………はぁ?」
竜崎が、大きく動揺した。
目を見開き、ぽかんと口を開けて、信じられないと言わんばかりに首を横に振ったのである。
「な、何を言ってるんだ? お前と結月が……幼馴染? そんなの、ありえないだろ。だって、結月は……お前と仲良くなんてない」
笑えない冗談だ。
そう言わんばかりに肩をすくめる竜崎に対して、俺も首を横に振ってやった。
「確かに俺と結月はそんなに仲良くなかったかもしれないけど……幼馴染だからって、必ずしも仲がいい必要性なんてないだろ?」
そのことを、お前は誰よりもよく知っているはずなのに。
知らないふりをするのは、もうやめた方がいいよ。
「竜崎としほだって、幼馴染なのに仲良くないんじゃないか?」
そう伝えると、竜崎はすぐに表情を強張らせた。
「それ、は……っ!」
まるで、忘れようとしていた真実をもう一度突き付けられたような。
苦々しい表情で、俺を睨んでいる。
そんな竜崎の視線を、俺は真正面から受け止めてやった。
これでこそ『激突』の場面にふさわしいだろう。
竜崎……お前はもう、無知でいられるような局面にいないよ。
物語が進んで、不完全だったハーレム主人公ではもう、物足りない場面に移行している。
だから竜崎は、もっと成長しなければならないのだ。
覚醒はまだ完全じゃないのだから――
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