第二百六十五話 『なりそこない』と『なれのはて』
「お前と話すような気分じゃないんだがな」
竜崎は俺と目を合わそうとすらしない。
降りしきる雨を睨みつけながら、ぽつりと呟いた。
「中山……俺はお前のことなんて嫌いだ」
「ああ、知ってるよ」
言われなくても知っている。
散々、竜崎のラブコメを邪魔ばかりしてきたのだ。
「お前さえいなければ――最近、よくそう思うことがある」
俺がいなければ、果たして竜崎のラブコメはどうなっていたのだろう?
もしかしたら、しほとこいつの関係性が今とは違った形になっていた可能性もあるだろう。
そう考えたら、ゾッとする。
でもそれはしほの視点で考えた場合の感情だ。
竜崎視点で考えてみると、俺がいなかった方が幸せに近い状態だったのは間違いないだろう。
「お前も知ってるだろ? 俺はしほのことが好きだった……つまり、初恋の相手に失恋したんだよ。その恋敵がお前だ。だから俺は中山が嫌いなんだ」
懇切丁寧に、竜崎は俺が嫌いな理由を教えてくれる。
もちろん言われなくても分かっているが、何やら言いたいことがあるようなので、まずは最後まで聞くことにした。
「まぁ……ただの負け惜しみだし、嫉妬なのは自覚してるがな。俺は敗北者で、負け犬なんだ。だからあまり話しかけてくんな……自分が惨めになっちまう」
そう語る竜崎の表情には、自嘲の笑みが浮かんでいた。
「これはまた……随分と卑屈になったな」
そんな竜崎を見て、やっぱり呆れてしまった。
同時に、俺はこいつのことが改めて『嫌い』だと、そう感じたのである。
だってこいつは、そっくりなのだ。
(まるで『俺』みたいで、本当に見ていてイライラする)
そう。竜崎龍馬は、中山幸太郎とそっくりなのである。
薄々気付いていたのだが……俺も竜崎も、実はそんなに違いがないのだ。
(主人公の『なりそこない』と『なれのはて』だから、当然と言えば当然かもしれないけど)
今の竜崎龍馬は、主人公としての権能がないように見える。
ハーレム主人公としての傲慢さや全能感はすっかり影を潜め、代わりに卑屈な部分が表に出てきた。
これこそまさに、主人公の『なれのはて』と呼べるだろう。
一方、俺は元々主人公のような立場にいたが、主人公の資格がなくてモブキャラになった『なりそこない』だ。
どちらも、経緯こそ違うが結果は同じようなものである。
結局、俺もこいつも主人公ではなくなっているのだ。
だから似ている。
だからこそ、むかつく。
(似た者同士だから……自己嫌悪の感情が強い俺にとって、竜崎は本当に嫌いなんだなぁ)
俺は自分があまり好きではない。
つまり、俺に似ている竜崎だって、好きなわけがない。
「俺もお前が嫌いだ」
率直に告げる。
お互いに同じ思いを抱いていることを、ちゃんと打ち明けた。
まぁ、言わなくても知ってはいたと思う。
それでもあえて言葉にしたのは、次の言葉を言うためである。
「あと……俺もお前のことが羨ましいよ」
お前が俺のことを羨んでいるように。
俺も、お前のことを妬んでいる。
つまり、俺と竜崎はそういうところも、同じなのだ。
でも、俺と竜崎は同じではない。
俺達の間には決定的な違いがある。
それは――与えられた『立場』だ。
俺はモブだ。
竜崎は主人公だ。
その違いがあるからこそ、俺は竜崎の痛みに共感できる。
だけどお前は、俺の痛みになんて気付けない。
他人を中心に世界が回る俺と、自分を中心に世界を動かすお前。
その決定的な差を、今は埋める必要がある。
なので、語らなければならないのだ。
俺の痛みを理解できるように、俺の失敗を伝える必要がある。
「……俺に幸せにできなかったヒロインたちがいるんだ」
そうして紡いだのは、モブキャラの悲しい宿命のお話。
自分を主人公だと勘違いして、幸せにしようと身の丈に合わない背伸びをした結果、何も結果を出すことなく失敗した落ちこぼれの、失敗談である――
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