第二百六十四話 物語脳


 ここ数日と比較すると、今日は比較的暖かい日だった。

 しかし、もうそろそろ二月という時期なので外気は冷たく、風も強いので体感温度はさほど変わらないと思う。


 それに加えて、急に雨が降ってきたから、寒さはより強くなった。

 これなら雪の方がマシだ。雨に濡れて、風がその上からぶつかってくるので、冷たいを通り越して『痛い』という感覚を受けるほどである。


「……天気予報では晴れだったんだがな。傘なんて持ってきてないぞ……」


 不意に降り始めた雨に竜崎も顔をしかめていた。


「天気が悪いから、すまんな。俺はそのまま帰る」


 こちらを無視して竜崎は歩き出す。

 まぁ、この程度の邪魔で見過ごすような覚悟で、俺は相対を決意したわけじゃないので。


「待てよ。この近くにちょうど雨宿りができる公園があるし、そこに言って話さないか?」


 引き留める。

 歩き去ろうとする竜崎のに手を伸ばして、その肩をグッと掴んだ。


「……離せよ。雨なんか降ってなくても、お前と話す気分じゃねぇんだ」


 もちろん竜崎は俺を拒もうとしていた。

 その気持ちは理解できる。だってお前は今、余裕がないだろうからな。


「そんなこと言うなよ……結月のことで、悩んでるだろ?」


 だからあえて、こいつが抱いているであろう問題に自ら触れた。

 メアリーさんからの情報で、竜崎が結月に振られたことは知っている。


 そのことで竜崎が苦悩していることも、その様子から察していた。


「――おい、なんでいきなり結月の名前が出てくる?」


 予想通り、今の言葉を聞き流せなかったらしい。


「いや、ちょっと待て……なんで中山が、結月のことを呼び捨てにしている?」


 それから、竜崎はようやく『違和感』に気付いたようだ。


 ああ、気になるよな。

 だってお前は、何も知らない。


 俺と結月が幼馴染だということを、まだ分かっていないのだ。

 別に隠していたわけじゃない。でも、言う必要もないし、結月にとっても不要な情報だと思うので、俺から話すこともなかった。


 でも状況が変わったのだ。

 だから伝えたいと思ったのである。


「……そのことも、ちゃんと話すよ」


 いいかげん、濡れた肌が気持ち悪い。

 雨に当たるのも不快なので、俺は先導するように足早に歩きだした。


「少し話そう。いや、俺だって別にお前と話なんかしたくない。でも、話さないといけないことがあるんだよ」


「…………くそっ」


 なんだかんだ、竜崎も俺のことが気になるのだろう。

 苦々しそうに表情を歪めていたが、ちゃんと後ろからついてきた。


 さて、ひとまず意思の疎通には成功できたようである。








 公園の片隅。そこはちょうどいい具合に木が雨と風を防いでくれていた。


「雨宿りしてよかったな。こんなに土砂降りの中で帰るのはきついと思う」


 ここに来る途中で雨脚は更に加速した。

 あのまま帰宅していたら、布の厚いコートに水滴がしみ込んで、体が芯まで凍えていただろう。


「天気予報……役に立たねぇな」


 竜崎はぶつぶつと悪態をついている。

 忌々しそうに天を睨みつけているが、一方の俺は大してイライラすることもなくハンカチで顔に付着した水滴を拭っていた。


「まぁ、そういうことだってあるだろ」


 天の気まぐれなんて、今に始まったことじゃない。

 むしろ、この悪天候は……俺と竜崎のシーンを演出しているようにすら、思ってしまう。


 物語に毒された脳では、これもまたご都合主義のように感じてしまうのだ。


 だからこそ、利用する。

 せっかくの機会を活かして、竜崎に伝えたいことを言わせてもらおうか――

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