第二百五十八話 恋愛『ごとき』で
――彼女を救う方法は、あるのだろうか。
竜崎と喧嘩をした。何か許せないことがあった。そのせいで結月は、まともではいられないくらいに傷ついてしまった。
そんな彼女を救う方法が知りたい。
幼馴染として……だけじゃないか。
俺も結月も自己評価が低く、他者に認められることでしか自らの価値を確認することができない卑屈な人間だ。同族として、俺は彼女に自分を重ねてしまっている。
彼女の救われている姿が見たかった。
そうじゃないと、自分もこんなふうに腐れていくのではないかと、不安なのだろう。
これは結月のための思いなんかじゃない。
俺のために、結月のことを救いたいと思ってしまっているのだ。
でも、何をすれば彼女を救うことができるのだろう?
「結月……こんなの、おかしいだろ」
明確な答えなんかない。
だからこそ、俺はやっぱりこういう『役回り』しかできない。
「恋愛『ごとき』でこんなにおかしくなるなんて、結月はやっぱりおかしいと思うよ」
選択したのは『憎まれ役』だ。
キラリを相手にした時も、同じように嘲笑して彼女の奮起を促した。
今回も、そうやって結月の心を再生しようと試みたのだ。
炎の消えかけた心の炉に、怒りという火をくべる。そうすることで、キラリはもう一度立ち上がってくれた。
結月も、そうなってくれることを期待して俺はこの選択肢に決定したのである。
「竜崎と少し喧嘩しただけだろ? 意見が合わないなんて別に珍しいことじゃない。普通のことなのになんでこんなに自暴自棄になってるんだ? 薄汚い身なりも、不潔な生活環境も……こんなの、普通じゃない」
こういうことを、もしかしたら『荒療治』と表現するのだろうか。
酷い物言いなのは分かっている。こんなこと、いちいち言わなくても結月はきっと理解しているだろう。
それでもあえて言葉にするのは、結月の心を大きく揺さぶるためだった。
「…………」
しかし彼女は何も言わない。
俺の言葉は聞こえているようで、まっすぐこちらを見ているのだが……その表情は、微動だにしないのだ。
怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない。
まだ言葉が弱いのだろうか? だとしたら……気後れするが、もうちょっと強く言わなければならないだろう。
「転んでばかりで、体も傷だらけにしてるけど……そんなのまるで自傷行為だな。物理的に自分を傷つけるくらい、心も傷ついていると言いたいのか? ……そういう行為はやめてくれ。見ていると気分が悪い」
そう言ってから、再び結月の反応を窺った。
怒ってほしかった。
キラリみたいに、俺の頬を叩いてほしかった。
『あなたにわたくしの何が分かるんですか!?』
その言葉を、待っていた。
それくらいの激情を、見せてほしかった。
「あはは……確かに、そうですね」
だけど結月は……諦めたように、苦笑するだけだった。
「恋愛ごときでこんなに傷つくなんて、本当におかしいです。しかも、喧嘩したというわけでもなくて……ただ、わたくしが失望しただけなんです。龍馬さんは別に悪いことをしたわけじゃないのに……」
――違う。
そんな『肯定』は、求めていない。
だけど結月は、相変わらず聞き分けが良い女の子だった。
良くも悪くも、彼女は本当に男性にとって『都合が』いい女の子だ。
簡単に屈服して、へりくだり、卑屈な自分が悪いと猛省する。
俺の優位性を態度で表現して、自尊心をくすぐり、プライドを助長させる。
そういうところが、ダメなんだ。
結月……そうやって受身でばかりいるから、俺たちは失敗するんだよ。
どうしてそれが、分からない?
どうしてそれを……気付かせてあげることが、できないのか。
「不快な思いをさせてしまってごめんなさい。幸太郎さんの顔を見たら、なんだか懐かしくなって……昔、母が生きていたころの記憶を思い出してしまったんです。だから、声をかけてしまいました」
――届かない。
俺の言葉や思いは、やっぱり結月には響かない。
謝罪の言葉がほしかったわけじゃない。
俺のことで気を遣うなんて、求めていない。
こんなに傷ついているのだから、もっと自分のことを考えてほしかった。
だけどそんなこと、結月にはできないのだろう。
俺も同じ卑屈な人間だから分かる。俺達みたいな人間が最も苦手とする行為は、自分を『守る』ことなのだ。
結月は今回も、自分を蔑ろにしている。
そしてそんな彼女を変えることなんて、俺にはできないのだろう。
結局、俺は結月を救うことなんてできないのだ。
だって俺は、主人公ではない。
結月にとっての中山幸太郎は、幼馴染ではあるけれど……ただの『モブキャラ』なのだ。
彼女を変えることができるのは……救うことができるのは、やっぱり一人だけ。
そいつの名前は、竜崎龍馬である――
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