第二百五十四話 次のモブキャラは『何』になる?
ユヅキは最近、夜の21時になると近所のコンビニに出かける。
気分が落ち込んでいるせいか料理をしなくなったので、夕食を買いに出かけているらしい。
そのことを、ワタシは知っている。
だからこのタイミングでコウタロウの家を出れば、鉢合わせする可能性があることも、もちろん把握していた。
だって、彼と彼女は『幼馴染』だからね。
シホとリョウマがそうであるように、ユヅキとコウタロウもご近所さん同士だ。
こうやって、本人たちが意図せずとも出会うことだってあるさ。
(もしもコウタロウが主人公なら、ご都合主義が勝手に働いて、ワタシが手を加えずともいい感じに遭遇していただろうけど)
しかし彼は生粋のモブキャラ。
ワタシがお膳立てしなければ、こうやってユヅキと遭遇することなんてできなかっただろう。
「結月……」
コウタロウは彼女を見て、目を丸くしていた。
それも無理はない。だって、彼が見えている女性は、彼の知っている『北条結月』とはかけ離れた姿をしているからね。
「こんなに、なっちゃったんだな」
不意に、コウタロウが辛そうに表情を歪めた。
兄妹、あるいは姉弟のように育った少女の痛々しい姿に、胸が痛くなっているようだ。
(無残な姿だねぇ)
このワタシでも、今のユヅキを見ると笑えなくなってしまう。
ぼさぼさの髪の毛、赤く血走った目、半開きの口、青白いほっぺ……少し前までのユヅキとはかけ離れた表情で、彼女は佇んでいる。
見た目にも気を遣う気力がないのか、恰好もユヅキらしくない薄汚れたジャージ姿だった。
たぶん、学校とコンビニにしか行ってないだろうけど、ぼんやりしているせいで何度も転んでいるのだと思う。そのせいで愛用しているジャージがボロボロだ。
学校ではまだ他人の目を意識しているのか、ここまで酷くないんだけどねぇ……帰宅した後は、ここのところずっとこの調子みたいだ。
「…………なんだ、幸太郎さんですか」
十数秒ほど経過して、ユヅキはようやくこちらに気付いたらしい。
コウタロウを見て、歪んだ笑みを浮かべた。
「お元気ですか?」
「……ああ、うん。まぁ、元気だけど」
「それは何よりです。わたくしも元気いっぱいですよ。今日なんて、元気がありあまっておにぎりをたくさん買っちゃいました」
そう言って差し出されたビニール袋の中には、十個を超えるおにぎりがぎっしりと詰められていた。
「こ、これを全部食べるのか?」
「はい、食べていると元気になるので」
「いや、これはさすがに……っ」
コウタロウは狼狽えている。
今のユヅキは、間違いなく『過食』に陥りかけている。
発散できないストレスを食にぶつけている状態なのかもしれないね。
彼女はもともとたくさん食べるタイプでもなかったのだから、コウタロウが不安になるのも無理はない。
「このままだと、病んじゃうんじゃないかな?」
ポツリと、それでいてコウタロウにはハッキリ聞こえるように呟いてあげる。
「今、彼女に手を差し伸べないと……手遅れになるかもしれないねぇ」
他人事のような物言いは、コウタロウの神経を逆なでしていることだろう。
「そんなの、分かってる」
獣のような唸り声が聞こえてきた。
本当に……自分に近い存在のことになると、感情をちゃんと見せるモブキャラだなぁ。
そしてこんなにイライラしているのは、未だにユヅキのことを『近しい存在』だと認識している証拠だ。
あんなに酷い扱いを受けたのに、このモブキャラは優しすぎる。
あるいはそれは『自分の意思が弱い』と表現した方が近いのかもしれないけれど。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
とりあえず、コウタロウとユヅキを遭遇させることには、成功できた。
これでワタシの役目は終わりだからね。
「じゃあ、そういうことだから……『元』幼馴染ちゃんを助けてあげるといいよ。ワタシは帰るから」
「お、おいっ! まだ話は終わってない……!」
「ワタシなんかと話をする余裕があるのかな? ……今、コウタロウがなんとかしないと、手遅れになるかもしれないよ?」
誰が、とは言わなくてもコウタロウなら分かるだろう。
かつて、アズサやキラリを救ってきた彼なら、ユヅキが今どんなに危険な状態にいるのか、分かるはずだ。
だからこそ彼は、ワタシに対して言葉を返すことができないようだ
「……くそっ」
悪態をついて、彼はワタシから視線を逸らす。
それから、ユヅキの方にゆっくりと歩み寄っていった。
そんなコウタロウの後ろ姿を眺めている、笑みを抑えきれなかった。
(果たして次はどんな『立場』から、物語に巻き込まれていくのかな?)
第一部は『モブキャラ』として。
第二部は『敵キャラ』として。
第三部は『主人公』になろうとして……でもそれは失敗したか。結局は何者にもなれないまま、第三部は中途半端に終わった。
それで第四部は、どんな立場のキャラになるのだろう?
本当に……コウタロウの紡ぐ物語には、興味が尽きないよ――
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