第二百五十二話 いたずら者(トリックスター)
ある創作論では、物語にはいくつかの役割を持つキャラクターが必要とされているらしい。
物語の核となる『主人公』。
主人公と対立する『敵』。
主人公を助け、力を授け、導く『賢者』――などなど。
あとは『門番』とか『使者』とか『気分屋さん』とか、ざっくりかみ砕くとそういったニュアンスの役割を持つ要素が物語には必要だとかなんとか。
そしてワタシは『いたずら者』という役割に分類される。
少し一般的じゃない単語を使うとするならば『トリックスター』と呼ばれるらしい。
主人公を惑わし、変化を与え、成長を促し、時には窮地へと追い込む。
敵キャラと拮抗した場面、あるいは敵キャラがまだ成長できていない時、トリックスターが暗躍して、物語をうまく盛り上げるというわけだ。
まさしく、メアリー・パーカーに相応しいキャラクターとも言えるね。
まぁ、ワタシは時に『賢者(メンター)』として主人公を導くこともあるし、敵として立ちはだかることもあったし、気分屋さんとして手を貸したこともあるけれど。
つまり私は、そうやってキャラクターたちにたくさん関与することで、物語を意のままに操ることができる、というわけだ。
……あ、一つだけ、誤解を与えないようにこれだけは言っておこうかな。
創作論ではこう語られているけれど、面白さを論理に落とし込もうとすると、何が魅力なのか分からなくなるから気を付けた方がいい。
要するに『絶対にこうするべき』なんて手法は、絶対にないと、絶対に言っておこうかな。
何故なら、面白さとは論理じゃない。面白さとは、感情だからね。
そもそも論になるけれど、面白さが論理化できるのであれば、この世には面白い作品で溢れているはずだろう?
少なくとも、出版社とかそういうお金を発生させる会社の作品が爆死なんてするわけがない。
面白さとは論理化できないから、キャラクターの役割とか、偉そうに語られる創作論とか、そういうのに依存するのはやめといた方がいいとだけ、言っておこう。
参考にするのはいいけれど、何事も塩梅が大切と言うことかな?
――おっと。話が脱線しすぎたねぇ。
閑話休題とさせていただこう。
今は、そうそう……ワタシが『トリックスター』として暗躍している、という話だね。
その役割通りに動いた結果――今、敗北したはずのサブヒロインが、再び舞台に戻ろうとしていた。
『アズサの報われなかった思いが、今であれば叶うかもしれない』
その言葉を聞いて以降、アズサから反応がなくなった。
「…………」
持ち前の愛嬌もなくなって、現在の彼女はぼんやりと虚空を見つめてばかりだ。
きっと、頭の中はリョウマのことでいっぱいなのだろう。
「じゃあ、そういうことだから、ワタシは帰ろうかな♪」
役割を終えたので、アズサの頭を優しく撫でてから、ゆっくりと立ち上がる。
彼女に背を向けてリビングを出ると、すぐにその後ろから彼が追いかけてきた。
「ちょっと待て」
普段は物腰が柔らかいくせに、怒った時は途端に威圧してくるから、怖いものだねぇ。
「余計なことを言いやがって」
モブキャラのくせになかなかの迫力がある。
「いやはや……うへへ。いいねぇ、その顔……ワタシは好きだよ」
コウタロウの怒りの形相を目の当たりにして、ワタシは口角が吊り上がるのを耐えることができなかった。
「たとえば今のコウタロウが衝動に身を任せてワタシを殴ったとしよう。あの無感動なモブキャラの激情をこの身で受けられるとなると……悪くない。痛いのは結構好きだから、ゾクゾクしちゃうよ」
いたずら者の道化に、まともな反応を期待することは間違っている。
相手が怒ったら怯むとでも? 反省して、自分の過ちを償う――そんなこと、トリックスターにできるわけがない。
ワタシはいつだって、ワタシが楽しむことしかできないからね。
「この――!」
挑発すると、コウタロウは一歩こちらに詰め寄ってくる。
ただし、彼が暴力を振るわないことは、既に分かっていた。
このモブキャラが、ワタシ程度のキャラクターに対して激昂なんてしてくれるわけがないからね。
だから、その代わりにこんな提案をしてあげることにする。
「とりあえず外に出ようか。今、この場で君が怒鳴ったりしたら、リビングにいる小動物ちゃんが怯えちゃうよ? 妹の前でみっともない姿、見せたくないだろう?」
押せば引くし、引けば押す。
まるで暖簾みたいに、ひらひらと相手の感情を惑わして、気付いた時にはもうアナタは掌の上。
(さて、次のシーンへと移ろうか)
構築したプロットを脳内で眺めながら、ストーリーの流れを調整する。
まずアズサに手を出した。
そして今度は……コウタロウ、いよいよ君の番だよ――
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