第二百五十話 普通の幸せ
案内されたのは、こじんまりとしたリビングだった。
促されるままに固くて座り心地の悪いソファに座る。
普段は金に物を言わせて無意味に高級なソファに座っているので、久しぶりに安物に触れた気がする。
ふむ……こういうのも悪くないね。
ワタシは結構、ストレスを抱えるのが好きな体質なので、こういう粗悪な製品も大好きだったりする。
こんなにも完璧なのに、思い通りに行かない――そういう状況を最近は楽しめるようになってきた。
もしかしたらワタシはドМなのかもしれないね。
「んー……おにーちゃん、オレンジジュース飲みたい」
ワタシが座った直後、そのすぐ隣にアズサがちょこんと座った。
野生の小動物のように警戒心の鋭い兄と比較すると、このザシキワラシちゃんは警戒心がないらしい。
ほとんど初対面であるにも関わらず、この距離感の近さには驚かされる。
アズサの兄ならこんなに近づくことなんて絶対にないのにね。
まるで飼いならされた愛玩動物だなぁ。
「メアリーちゃんは何か飲む?」
「ワタシは庶民がよく飲むお茶がいいね。ほら、あれだ。コンビニとかスーパーに売ってる安いやつ」
「言い方に悪意を感じるな……梓、あんまり彼女に話しかけない方がいいぞ。感化されると性格が悪くなる」
「おにーちゃん、失礼なこと言わないでっ。ほら、早く持ってきて?」
「はいはい……分かったよ」
……ふーん?
この二人はどうやら、本当の意味で『兄妹』という関係に落ち着いたみたいだね。
義妹が兄を好きになる、なんて物語は星の数ほどあるけれど。
コウタロウとアズサの関係は、良くも悪くも家族のそれでしかない。
だからこそ適度に無関心だし、だからこそ過剰に思いやってしまう、とも言えるのかな?
「Hey! オニーチャン、文句ばかり言ってないで早く持ってきYo!」
「……おにーちゃんって呼ぶな」
ふざけてからかうと、彼はイヤそうに顔をしかめる。
それを眺めながらニヤニヤしていると、不意に横から視線を感じた。
「……妹は梓だけだもん」
普通の人間には聞こえない程に小さな声。
うっかり天才に生まれたワタシだからかろうじて聞こえてきたその呟きを耳にして、梓の存在意義を知った。
(なるほどねぇ。妹であることに自らの価値を見出してるのかな?)
あくまで、兄に甘えることのできる唯一の存在は自分だけ――その立場にいることで、アズサは自らを支えているのかもしれない。
だからこそ、アズサはシホに対して素直になれないのかな?
コウタロウの周囲を嗅ぎまわっている情報収集人によると、シホとアズサはゲーム友達みたいだね。よくソシャゲをやって煽り合ってるらしい。
仲がいいように見えるけど、しかし実際はまだアズサがシホを受け入れられないでいるのだと、ワタシは感じている。
それはたぶん、コウタロウに甘えられる二人目の存在を受け入れるには、妹としてのプライドが邪魔しているのかもしれないね。
でも、兄の幸せを願って、あのシホを受け入れようと努力している……そう考えると、健気で可愛らしい、まさしく妹キャラとして百点満点の存在だった。
(アズサだったら……リョウマじゃなくても、幸せな道を歩める可能性があるねぇ)
コウタロウが飲み物を入れてくれている間、ワタシは無駄によく回る脳内で思考を駆け巡らせていた。
医者によると、あまりにも物事を考えすぎて、論理をつかさどる左脳が少し肥大化しているらしい。
普通の人間だったらそのストレスで頭がおかしくなるみたいだけど、ワタシがすごい人間だから、どうにか耐えきれているのだとかなんとか。
そんな頭の回転が速いワタシが導き出した結論は――アズサはこのままでも『十分な幸せを手に入れることができる』ということだった。
(他のハーレムヒロインは、リョウマじゃないと幸せになれないけれど……・アズサは違う)
ワタシを含めて、キラリやユヅキ、クルリなどは主人公の毒に侵されすぎて依存状態になっている。
でも、アズサは家族として愛してくれる兄がいるおかげか、その毒が抜けかけていた。
敗北したサブヒロインちゃんは、このまま生きていくことができたなら……やがて主人公のことを忘れ、一般的な女の子に戻って、ごくごく普通の幸せを手に入れることができる。
本当に彼女の幸せを願うのであれば、その道を歩ませてあげることが、正解なのかもしれない。
だけど――そんなの、面白くないよね?
(だからこそ、戻してあげよう)
アズサが普通でいることを、ワタシは退屈に思う。
それと同時に……アズサだって、もしかしたら普通であることを嫌っている可能性だってあるだろう?
そういうことなので……コウタロウ、ごめんね?
アナタの義妹ちゃんに、普通の幸せはもったいないよ――
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