第二百四十九話 アズサという『伏線』
コウタロウとシホの物語を分割するなら、今は第四部になるのかな?
第一部はみんなが初登場の宿泊学習。
第二部はワタシが大活躍して大惨敗した文化祭。
第三部はリョウマが覚醒したクリスマス。
そして第四部は、リョウマのハーレムラブコメの末路が決定する、終業式となるかもしれない。
その最中で、第一部の敗北ヒロインがついに物語の本筋に戻ってこようとしていた。
『中山梓』
元ツインテールの妹キャラで、今はおかっぱ頭の妹キャラ。
コウタロウと同い年でありながら、彼のことを『おにーちゃん』と慕う歪な妹ちゃんだ。
複雑な家庭環境で育った上に、最愛の兄を亡くしたショックで本物の『おにーちゃん』を探し続けた、哀れなサブヒロインちゃんでもある。
彼女のラブコメの末路は、ワタシでも心が痛くなるような酷い有様だった。
リョウマが本物のおにーちゃんに似ていることがきっかけで彼を好きになり、しかし彼にはアズサの気持ちがまったく届いていなくて、挙句の果てには振られてしまって……その思いが報われることなく、彼女のラブコメは幕を閉じた。
もうとっくの昔に、アズサは『終わったキャラ』になっている。
だというにも関わらず、彼女はなおも健在だ。
やっぱり、妹キャラというのは強い。
たとえ恋人関係になれなくとも『兄妹』という繋がりは途切れない。
家族という縁は、あるいは恋人という繋がりよりも太いのだろう。
恋人は別れたら他人だ。
でも妹は仲違いしようと、永遠に妹のままでいられる。
生まれながらに特別でありつづけられるその特権で、彼女は舞台に上がろうとしているようだ。
もう舞台に上がれそうにもないクルリと比較すると、アズサはとても特異な立場であることが分かる。
語り手であるコウタロウと一緒に暮らしている以上、彼女は節目節目で絶対に登場できる。
まるで『忘れないで』と言わんばかりに、アズサは自分自身のことを主張していた。
お得意の、メタ的に考えるとするならば……それがいわゆる『伏線』となるのだろう。
張ったままずっと放置されていたアズサという伏線が、ついに回収されようとしている。
まぁ……もしかしたら、ワタシの言葉一つでアズサを舞台に立たないこともあり得るかな?
だったら、責任は重大だね。
この子もちゃんと巻き込んであげよう。
そうやって物語が面白くなっていけば、ワタシはとっても楽しめるから。
さて、久しぶりに登場するキャラクターの説明はこのあたりでいいだろう。
そろそろ、本筋を進めていこうかな。
「メアリーちゃん、とりあえず入って? お話、ゆっくりしよ?」
小動物を手招くように、アズサがワタシに『おいでおいで』している。
妹キャラらしい幼い仕草に、ワタシは涎が出そうになった。
「うへへ。コウタロウの義妹ちゃんって、本当にかわいいねぇ」
「……変なことするなよ?」
変なことはしないさ。
ただ、ワタシはこういう男性の理想を詰め込んだような都合のいいヒロインを、かなり好んでいる。
見た目も日本のザシキワラシみたいでキュートだし、彼女の評価は最初から高かった。
なるほど、こんなにも愛らしいのであれば、あの他人に興味を持たないメインヒロイン様が熱を上げるのも理解ができる。
アズサは、生まれながらに愛される才能を持つ人間なのかもしれない。
サブヒロインの中で比較しても異質だ。ワタシのように歪ではなく、良い意味で目立っているように感じた。
「そういうわけだから、入らせてもらうよ? 何せ、この家の住人が許可を出したんだから、止めないでくれよ?」
「えっと……梓、彼女は危険だぞ? あんまり家に入れない方がいいと思うんだけど」
「おにーちゃんは黙ってて」
「…………ご、ごめん」
おっと。わがままな義妹ちゃんにおにーちゃんはやっぱり翻弄されちゃっている。
兄に生まれた以上、妹のわがままを聞き入れるのは最早宿命。その業を背負うコウタロウを見ていると、なんだか楽しかった。
普段はあまり動揺しないくせに、彼は自分に近しい人間のことになると途端に打たれ弱くなる。
たかがモブキャラの分際で、人間味が出ていることが本当に不思議でならない。
「じゃあ、シツレイシマース」
日本の作法に従って、『失礼します』などという失礼なことを言いながら、靴を脱いだ。
さて、分岐の時間だ。
ワタシが選択肢を誤ると、アズサは残念ながら物語に登場できなくなってしまう。
それはあまりにも退屈なので……ちゃんと彼女を引き戻せるように、ワタシも頑張るとしようかな――
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