第二百四十八話 朽ち果てた敗北ヒロインの再起


 ピンポーン。

 夜にも関わらず、遠慮なしにチャイムを鳴らす。


 少しすると、中から慌てたような足音が聞こえてきて、すぐに扉が開いた。


「ハロー♪」


 開いた扉の隙間から、見慣れたモブ顔が顔をのぞかせる。

 そういえば最近、陽気な金髪美女キャラをやっていないことを思い出して、それっぽく挨拶してみる。


「キチャッタ☆」


 ウィンクと一緒に舌をてへっと出して、あざとく可愛い表情を見せてあげた。

 これくらいやると、大抵の男子はワタシにメロメロになる。


 だいたいの男は下半身に脳みそがついているようなものなので、ワタシみたいなお色気キャラに弱いのは知っていた。


 だからこそ、露骨に顔をしかめたコウタロウには、興味が尽きない。


「いや、来るなよ」


 強がりでも、照れ隠しでもなく、心の奥底から興味や関心を抱かず、色気にも惑わされず、ただただワタシという存在を嫌がるコウタロウを見ていると、笑わずにはいられなかった。


「にひひっ。そう言わないで、ちょっと入れて? こんな夜遅くに女の子が外にいるんだから、もう少し気を遣えないとダメだと思うけどねぇ」


「まだ20時だし、メアリーさんは男より強そうだし、心配するだけ意味ないだろ」


 ごもっとも。ワタシはたぶん、どんな暴漢に襲われても怪我を負うことはない。何せワタシは完璧なので、隙はないし、武術も習得している。


 でも、男はだいたい、庇護欲をくすぐってやればその気になる。

 だから、庇護されてあげると嬉しそうにすることをワタシは知っている。


 ……まぁ、コウタロウにはやっぱり通用しなかったけどね。


「用件は?」


「コウタロウに会いに来ただけだと言ったら?」


「めんどくさいから無視する」


「OH……じゃあ、コウタロウの義妹ちゃんと遊びに来たと言ったら?」


「梓と? メアリーさん、あの子と面識あるのか?」


「もちろん。たまに教室で目が合うくらい仲がいいね」


「それ、仲良くないだろ」


 ふーむ。

 お得意の曖昧話術が通用しない。

 知ってはいたけど、コウタロウってワタシに対して興味がなさすぎる。


 だからこそ、そんな男を引っかけようとしたクルリの度胸は、振り返ってみてもなかなか面白い。


 そして、こんなにも『個』というものがなく、いかなるヒロインのアプローチに対しても『無』でいられるのは、コウタロウがモブキャラだからこそと考えていいのかもしれない。


 相変わらず、このキャラクターは面白い。

 だからこそ、リョウマの物語で蚊帳の外はもったいない。


 彼にはもっと踊ってもらわないといけない。

 だって、その方が『面白そう』だからね。


「仕方ない、単刀直入に言うよ? ――リョウマが、ユヅキに振られた」


 絡め手を取ろうとしても躱される。

 組み合おうとしたら払われる。


 だったら、正直になるしかない。

 ワタシらしくない選択肢ではあるけれど、物語を面白くするためなら、たまには素直になるのもいいだろう。


「…………え?」


 コウタロウはやっぱり、動揺を見せた。

 自分のことではまったく動じないくせに、近しい人間のことになると彼は途端に脆くなる。


 その隙を攻撃しないほど、ワタシは優しくない。


「アナタの幼馴染ちゃんのこと、興味はないのかな?」


 煽る様にそう囁いてみると、コウタロウは途端に表情を強張らせた。


「べ、つに……」


 ただ、それでもみえみえの強がりでワタシを拒もうとしている。

 とはいえ、あと少し強引に押し込めば折れそうだったので、容赦なく私は彼を折りにかかった……の、だけれど。


 残念ながら、その前に邪魔が入っちゃった。


「そのお話、梓も聞かせて?」


 …………ふむ、なるほど。

 どうやら、ワタシが思っているよりも、庶民のお家は狭かったらしい。


「聞こえてたのかな?」


 ひょっこりとリビングから顔を出していたのは、座敷童みたいな童女だった。

 ワタシの話がリビングまで聞こえちゃっていたらしい。一般家庭はワタシの邸宅と比べて狭いみたいだね。


「龍馬おにーちゃんが、振られちゃったって……どういうこと?」


 割り込んできたのは、かつて敗れたサブヒロイン。

 もうすっかり朽ち果てたと思い込んでいた敗北ヒロインの登場に、ワタシは思わず笑ってしまった。


(こうなってくると、面白いねぇ)


 リョウマの物語には、さらなる展開が待っているかもしれない。

 アズサの登場は、それくらい物語のプロットにとっては、大きな転換点だと感じたのである――

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