第二百四十六話 アタシのラブコメを舐めるな


 恋の原動力とは、何だろう?

 その答えは、もしかしたらどんなに頭のいい人間でも分からないかもしれない。


 正答などない。しかも人によって形も変わる。だから、ただの高校生である俺に出せる答えなどない。


 しかし、これだけは言える。

 恋の原動力は、少なくとも『正否』ではないのかもしれない。


「りゅーくんはアタシのこと嫌いになったわけ?」


 その問いに対して、首を縦に振ることはもちろんなかった。

 キラリのことが嫌になったわけじゃないのだから、嘘はつけない。


「ふーん? だったらアタシは、諦めないよ? りゅーくんがどんなに拒んでも、アタシを嫌いじゃないのなら、がんばるって決めたから」


 その言葉は、俺とは対称的に重かった。

 地に足がついており、それでいてブレない芯の強さが垣間見えたのだ。


 だからこそ、俺はこの子が可哀想だと思った。

 俺という人間に執着することが、やっぱり間違いだと思うのだ。


「キラリ、俺は他に好きな人がいるんだ。だからお前の気持ちは、受け取れない」


 どうにか拒もうと努力する。

 今の言葉は、嘘じゃない。


 俺は結月のことが好きだ。

 そうじゃないと彼女を幸せにしたいと思わないだろう。


 ……くそっ。

 この思いすら、正しいのどうか疑わしいのが悔しい。


 俺は本当に結月のことが好きなのか?

 くだらない責任感や義務感で、罪を償おうとしているだけじゃないか?


 そんな疑念が脳裏を巡る。

 だが、わざとその思考に気付かないふりをしておいた。


 こんな疑念を抱いていては、キラリを説得できない。

 今は彼女と向き合わなければいけないような気がした。


 それくらい彼女は、真剣な目をしていたのだ。



「好きな人がいる? そんなの、とっくに知ってる」



 俺の言葉に対して、キラリはやはり動じない。

 その気迫は、対面しているこちらが後ずさりそうなほどに強かった。


「りゅーくんがそういう人間だと分かっている上で、アタシは……りゅーくんを選んだの。他に好きな人がいたって構わない。いつか、アタシのことも『好き』になってくれれば、それでいい」


 ……そんな、都合のいい思考があるのだろうか。

 この子もまた、俺の『主人公性』におかしくされた被害者なのだろうか。


 だから、俺にとってご都合的な発言をする。

 そんな言い方をされていたから、俺は――間違っていたのだ。


「キラリ……俺が言うのはおかしいと分かっているけど、言わせてくれ。お前の思いは間違ってる。そんな、愛人でいいみたいな発言、するなよ……キラリを一番に愛する人と一緒になれよ。その方が、幸せになれるだろ」


 俺もお前も、間違えている。

 そんなんだから、ハーレムなんていう歪んだラブコメが生まれてしまう。


 もうそろそろ、俺達だって正しく在るべきなんだ。

 そうじゃないと、幸せになれない――そう告げた。


 だけどキラリは、俺の言葉を鼻で笑う。


「正しいとか、間違ってるとか、そんなのどうでもいい。アタシは、りゅーくんを好きになった。それだけでいいのに、なんで言い訳ばっかりしてるわけ? アタシを幸せにできるのは、たった一人しかいないんだよ? ……りゅーくんだけが、アタシの好きな人なんだから」


 折れない。

 硬い意志が、俺の軽い言葉をやすやすと弾き飛ばす。


 …………これは、無理だ。

 どんな言葉を紡ごうと、キラリは変わらない。


 彼女は『自分』を持っている。他者の言葉で、自分を変えない。


 幼馴染みの言葉で激変した俺みたいに、彼女はならないだろう。


「――アタシのラブコメを、舐めるな」


 そして、この一言で俺の方が折れてしまった。


「今までのアタシを、無駄になんかしない。結果的に恋が実らなかったとしても『いい恋をした』と言う。そういうラブコメにするって、アタシは決めたんだからねっ」


 笑いながら、キラリは俺の肩を軽く叩いた。

 いつも通り、気さくに……まるで友達みたいに、明るく笑いかけてくれる。


「だから、覚悟してて?」


「っ…………!」


 そんな彼女を、振り払うことなんてできなかった。

 キラリと違って、俺はあまりにも軽薄である。


 硬く、重く、強いキラリの意思を捻じ曲げることなんて、できるわけがない――

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