第二百四十五話 王道を歩むには邪道を進みすぎている

 拒絶という行為に対して、思ったよりも冷静でいる自分がいた。

 今まではキラリの好意が見えないふりをしていて、嫌われることを恐れていたのだが……いざ向き合い、拒んでみると、然程大したことがないと感じてしまったのだ。


(俺は、俺が思っている以上にひどい人間かもしれないな)


 もっと、辛い選択になると思っていた。

 普通の人間であれば、その決断に対してかなりの覚悟を必要としていただろう。


 だが、俺はどうやら自分本位な人間なので、他者の感情に疎いようだ。

 故に、いくらキラリが傷つこうと……俺が何も思わないのは、当たり前だ。


「ごめんな。キラリ……もう俺に付きまとうな」


 こんな俺に振り回されるな。

 竜崎龍馬という人間は、好きになる価値などない人間だ。


 幼馴染の霜月のおかげで、自分を客観視できるようになった今……俺は自分自身に、嫌悪感すら抱いている。


 そんな人間に感情を左右されて、辛い思いをするのは間違っている。

 こう思うからこそ、俺はキラリの思いを乱雑に振り払えたのだ。


「え? で、でも……今までは、アタシを家に入れてくれたじゃんっ。いきなりどうしちゃったの? りゅーくん、おかしくない?」


 キラリにとっては、俺が豹変しているように見えたのかもしれない。

 過去の俺を見ていたからこそ、現在の俺に違和感を覚えるのは当たり前だ。


 振り返ってみると、俺は女の子に何かを強く言い切ったことがない。

 それを『優しい』と彼女たちは評していたのかもしれないが……それはただ『どうでも良かった』だけだ。


 俺は別に優しくなどない。

 強いて言うなら、俺が優しくできるのは……自分自身にだけだ。

 つまり、竜崎龍馬という人間は自分に甘い人間なのである。


 こんな人間に執着する方が間違っているだろう。


「別に、おかしくないだろ……むしろ、今までがおかしかったんだ。キラリ、俺はもう間違えたくないんだ。お前を傷つけることも、もうしたくない……だから、俺のために頑張るな。俺のことなんて、忘れてくれ」


 そう言って、立ち去ろうとする。

 彼女の思いを振り払い、今までの関係をなかったことにしようと試みる。


 俺が幸せにできるのは、たった一人だけだ。

 その相手はもう決めている。北条結月を、俺は選択した。


 優柔不断で許された時期は、もうとっくに過ぎている。

 王道のラブコメを歩むために……俺は、キラリを切り捨てたのだ。


「ごめん」


 最後にそう言って、彼女に背を向ける。

 そのまま歩き去ろうとしたのだが……しかし、不意に手が掴まれた。


「待って。まだ話は終わってない」


 もちろんその相手は、キラリだった。

 彼女はまだ俺にしがみつこうとしている……それが間違いだと、何度言えば分かるのだろう?


 自分から不幸になろうとしている少女を見て、なんだか悲しくなってしまう。

 もっと強い言葉を使わないと離れてくれないのだろうか――と、そんなことを考えていた、その時だった。




「りゅーくんって……今、『誰』になろうとしているの?」




 その言葉が、胸に突き刺さった。


 誰になろうとしている、だって?

 そんなの、誰もいない。俺は、俺だ……そう言えばいいのに、喉が詰まってしまったのだ。


「なんか、変……りゅーくんの言葉、すっごく軽いの分かってる? 本心から本当にそう言ってる? なんか……誰かの言っている言葉を鵜呑みにしてるみたいで、すっごく気持ち悪い」


 言葉の軽さを指摘されて、ふと脳裏にあの子の姿が浮かんでいた。


(まさか、俺は……霜月の言葉を、そのまま自分の意見にしているのか?)


 気付かされたのだ。

 俺は今、他者評価をそのまま自己評価に投影している。

 その本質を考えずに、ただただ『霜月が言っていたから』という理由で、鵜呑みにしている。


 そのせいで、俺の言葉には説得力がないらしい。

 キラリは俺の言葉が『軽い』と、そう断じていた。


「それに、今更そんなこと言われても遅いよ……アタシはもう、戻れないんだから」


 口調は冷静だ。落ち着いていて、態度も至って自然なのだが……メガネのフレーム越しにこちらを覗く瞳は、爛々と妖しい光を放っていた。


 それは、覚悟の光だ。

 強い意志が、そこには宿っている。


「アタシの心を奪っておきながら、逃げるなんて許さない。軽々しい気持ちで振り払えると思わないで」


 ……初めて、かもしれない。


「アタシも、りゅーくんも……もう、王道を歩むには邪道を進みすぎてるから」


 キラリが、俺に対してこんなに強い意志を見せるのを、初めて見た――

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